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第3回口頭弁論期日のお知らせ

2013.10.30 00:54|なりわい訴訟について
第3回期日が平成25年11月12日 15:00に福島地方裁判所で行われます。

今回から、【原状回復訴訟】と【ふるさと喪失訴訟】が同じ裁判で審理を行うことになりました。『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』福島原発事故被害原告団・弁護団は、第3回期日にあわせて、下記の日程で決起集会・デモ行進・模擬法廷・報告集会を行う予定です。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
○12:00 新浜公園に集合(福島市新浜町1-44 )
○12:15 決起集会
○13:20 裁判所へデモ行進
       (一般傍聴券の抽選の時間は分り次第お知らせします。)
○15:00 第3回口頭弁論期日&第3回模擬法廷*(第2回模擬法廷の様子)
       模擬法廷では、法廷の様子を説明などを加えながらリアルタイムに
       お伝えします。
○16:30 報告集会*
       実際の法廷での様子を報告し、今後の活動にむけて意見交換を
       行います。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
決起集会・デモ行進・模擬法廷・報告集会は、原告の方、原告以外の方、どなたでもご参加も大歓迎です。お気軽にお越し下さい。

模擬法廷・報告集会は、福島市音楽堂小ホール(福島市入江町1-1)で行います。


『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟原告団・弁護団Webサイトより転載
http://www.nariwaisoshou.jp/progress/2013year/entry-238.html


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【共同声明】日本の市民社会は、国連科学委員会の福島報告の見直しを求める。

2013.10.25 15:40|国際機関などの指針
2013.10.24 プレスステートメント
国連科学委員会に対する声明

特定非営利法人 ヒューマンライツ・ナウ公式サイトより
http://hrn.or.jp/activity/topic/post-235/

日本の市民社会は、国連科学委員会の福島報告の見直しを求める


1 国連科学委員会報告への懸念

 国連科学委員会は、現在開催中の68会期国連総会に対して提出する予定の報告書 において、福島第一原発による放射線被ばくの程度と影響に関する研究結果 を掲載している。

 私たち、下記の日本を本拠とする市民団体は、上記国連科学委員会の調査結果が客観性・独立性・正確性において疑問があり、被ばくの過小評価が住民の保護や人権尊重に悪影響を及ぼしかねないことについて深刻な懸念を表明する。私たちは、同委員会および国連総会第四委員会に対し、慎重かつ十分な討議により、その内容が最も脆弱な立場の人々を保護する人権の視点から見直すことを要請する。

 私たちが最も懸念する科学委員会の結論部分は以下のとおりである。

· 「一般市民への被ばく量は、最初の1年目の被ばく量でも生涯被ばく量推計値でも、一般的に低いか、または非常に低い。被ばくした一般市民やその子孫において、放射線由来の健康影響の発症の識別し得る増加は予期されない。」(39パラ)

· 「委員会は、福島県の成人の平均生涯実効被ばく線量は10 mSv以下であり、最初の1年の被ばく量はその半分か3分の1であると推定する。リスクモデルによる推定は癌リスクの増加を示唆するが、放射線誘発性の癌は、現時点では、他の癌と区別がつかない。ゆえに、この集団における、事故による放射線被ばくのせいである癌発症率の識別し得る増加は予期されない。特に、甲状腺癌リスクの増加は、乳児と小児において推測される。」(40パラ)


2 調査の独立性の欠如
 
 そもそも、国連科学委員会は、福島原発事故後、原発事故周辺地域に公式の事実調査に訪れたことはない。
同委員会による放射性物質による汚染や公衆や作業員等の被ばく、健康影響について予測は、日本政府、福島県等から提供されたデータのみに基づいて行われている。

 日本の市民社会や各種専門家は、日本政府の提供したデータとは異なる独立した調査や測定を実施しているが、委員会がこのような、政府から独立したデータ等を収集したり、独自の測定等を実施した形跡は認められない。これでは、日本政府から独立した客観性のある調査とは認めがたい。

福島県が全県民を対象に初期被ばくを推測する行動調査を実施したが、回答率は20パーセント程度にとどまっており、そのようなデータで初期被ばくについて推測することは到底できないはずである。また、政府が公表している放射線測定データについては、実態を反映していないとの強い批判が住民から上がっており、この点については、国連「健康に対する権利」特別報告者のアナンド・グローバー氏も、福島での現地調査の結果、モニタリングポストと現実の放射線量の乖離について指摘をしている 。

昨今の汚染水に関する事態が示す通り、日本政府の情報開示の姿勢には重大な問題があり、情報開示に関する透明性が確保されているとは認めがたい。

私たち市民社会は、国連科学委員会および国連総会第四委員会に対し、このような報告を公表・承認するに先立ち、現地調査を含む独自の情報収集を徹底して行うことを求める。


3 委員会の結論が正確性を欠くこと

 (1) 国連科学委員会は「一般市民への被ばく量は、最初の1年目の被ばく量でも生涯被ばく量推計値でも、一般的に低いか、または非常に低い。」とし、「福島県の成人の平均生涯実効被ばく線量は10 mSv以下最初の1年の被ばく量はその半分か3分の1であると推定する」という。
しかしながら、日本政府は、年間外部線量20mSvを下回ると判断された地域について避難指示を出していないのであり、事故後、相当数の人が既に年間で10mSvを超える外部線量に晒されてきた。委員会がいかなる根拠で上記のような推定をしたのか、根拠は今のところ示されていないが、この推定は現場の実態を正確に反映したものとは認めがたい。 
また、実効被ばく線量の平均値を根拠として、集団全体について健康影響がないと決めつけるのは、平均より高いリスクを負う人々への影響を、予断をもって切り捨て、検討対象から外すものである。この態度は、非科学的と言わざるを得ない。


 (2) また、国連科学委員会は、乳児と小児の甲状腺がんリスクの増加を推測する一方、他のがんリスクの向上を「予期されない」とするが、これは、最近の疫学研究が低線量被ばくの健康影響を明確に指摘しているのに矛盾するものである。
放射線影響研究所は広島・長崎の原爆被害者の1950 年から2003 年までの追跡結果をまとめた最新のLSS(寿命調査)報告(第14報、2012年) を発表している。この調査は、全ての固形がんによる過剰相対リスクは低線量でも線量に比例して直線的に増加することが指摘されている。 

カーディスらの行った15ヶ国60万人の原子力労働者を対象とした調査で、年平均2ミリシーベルトの被ばくをした原子力労働者にガンによる死亡率が高いことが判明している。

BEIRをはじめとする国際的な放射線防護界は、100mSv以下の低線量被曝についても危険性があるとする「閾値なし直線モデル」(LNT)を支持しており、100mSv以下の被曝の健康影響を否定していない。

さらに、今年になって発表された以下の2論文は、低線量被ばくの影響について重大な示唆を与えている。

まず、オーストラリアでなされたCT スキャン検査(典型的には5~50mGy)を受けた若年患者約68万人の追跡調査の結果、白血病、脳腫瘍、甲状腺がんなどさまざまな部位のがんが増加し、すべてのがんについて、発生率が1.24倍(95%信頼区間1.20~1.29倍)増加したと報告されている 。また、イギリスで行われた自然放射線レベルの被ばくを検討した症例対照研究の結果、累積被ばくガンマ線量が増加するにつれて、白血病の相対リスクが増加し、5mGy を超えると95%信頼区間の下限が1倍を超えて統計的にも有意になること、白血病を除いたがんでも、10mGy を超えるとリスク上昇がみられることが明らかになった 。

 科学委員会の見解は、低線量被ばくの影響を過小評価するものであるが、最近の疫学研究の成果は明らかにこれと反対の傾向を示している。科学委員会は最近の疫学研究を踏まえて、低線量被ばくについて、より慎重なアプローチを採用すべきである。


4 他の研究との整合性の欠如

 健康影響がほとんどないとする科学委員会の見解は、WHOが2013年に公表した福島原発事故の報告書の予測とも著しく異なるものである 。WHO報告書は、「福島県で最も影響を受けたエリアは事故後一年の線量が12~25mSvのエリアだとして、白血病、乳がん、甲状腺がんとすべての固形がんについて増加が推測される。子どものころの被ばく影響による生涯発症リスクは男性の白血病で7%増加し、女性の乳がんで6%、女性についてのすべての固形がんで4%、女性の甲状腺がんで70%上昇すると予測される」とし、事故後一年の線量が3ないし5mSvの地域でも、その1/3ないし1/4の増加が予測される、としている。さらにWHO報告は、低線量被ばくに関する科学的な知見が深まれば、リスクに関する理解も変化する、と結論付けている。

 さらに、国連科学委員会は、今回の国連総会に対する報告で、福島原発事故の影響と並んで、子どもに関する放射線影響に関する研究( Scientific Finding B. "Effects of radiation exposure of children")を紹介している。この研究は、子どもに対する放射線被ばく影響については予測がつかないことから、より慎重に今後研究を進めていくとしており、評価しうるものである。ところが、子どもに関する放射線影響に関する研究についての報告に貫かれている慎重な視点は、福島原発事故に関しては全く反映されておらず、報告書の文脈は分裂している。
 科学委員会は、子どもに関する放射線被ばく影響に関する見解と統一性のあるかたちで、福島事故後の健康影響について再検討すべきである。


5 福島の実情

 福島原発事故により大気中に放出された膨大な放射性物質は、セシウムにして広島型原爆の少なくとも168.5倍とされ、今も汚染水等汚染物質の放出は拡大中であり、今も周辺住民、特に妊婦、子ども、若い世代は深刻な健康リスクにさらされている。

 政府は事故直後に、従来からの告示・指定である「公衆の被ばく限度 1ミリシーベルト」基準を大幅に緩和して、「年間20ミリシーベルト(以下、mSv)」を避難基準として設定したため、子どもや乳幼児、妊婦を含む多くの人々は避難・移住や放射線防護に関する支援もなく、十分な健康対策もないまま、高線量地域に居住を余儀なくされている。政府は、「100ミリシーベルト以下の低線量被曝は安全」との見解を普及し、低線量被ばくの影響を過小評価し、すべての政策をこうした見解に基づき、住民の意見を十分に反映しないまま決定・実行してきた。

 チェルノブイリ事故後の1991年に旧ソ連が確立し、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアで踏襲された政策「チェルノブイリ・コンセプト」ては、追加線量5ミリシーベルト以上を「移住地域」として、移住を全面的に支援すると共に移住で失う財物について賠償を行い、追加線量1ミリシーベルトから5ミリシーベルトの間の地域を「避難の権利地域」として、避難するか否かの選択権を住民に与え、避難を選択した者には、「移住地域」と同様の支援・賠償を実施し、留まる事を選択した者には、継続的な無料の医療支援と定期的・詳細な健康診断、外からの安全な食べ物の提供、1~2月の公費によるプログラムの適用を制度化し、住民を健康被害から保護する努力を続けたとされる。
日本での施策は、チェルノブイリ事故後の施策水準を大きく下回るものであり、20mSv基準の施策が今後も長期間継続すれば、チェルノブイリ事故を上回る健康影響すら懸念される。
汚染水に関しては、今年8月20日に東電が貯蔵タンクから300トンもの汚染水漏れがあったことを報告した。漏れた水の空間放射線量は毎時300ミリシーベルトだったと発表されている。

 こうした深刻な実情が報告書には反映されていない。そもそも、汚染水等の事態が収束しない現状に鑑みるなら、健康影響について確定的な分析をすることは時期尚早と言うほかない。


6 国連人権理事会「グローバー勧告」を反映すべき

 2013年5月27日、国連「健康に対する権利」に関する特別報告者アナンド・グローバー氏は、2012年11月の福島等での現地調査の結果を踏まえ、国連人権理事会に対し、福島原発事故後の人権状況に関する事実調査ミッションの報告書を提出し、日本政府に対する詳細な勧告を提起した。

 特別報告者は、低放射線被ばくの健康影響に関する疫学研究を丁寧に指摘し、低線量被曝の影響が否定できない以上、政府は妊婦や子どもなど、最も脆弱な人々の立場に立つべきだと指摘し、「避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること」(勧告78(a)) を勧告した。また、帰還について「年間被ばく線量が1mSv以下及び可能な限り低くならない限り、避難者は帰還を推奨されるべきでない」と指摘し、避難等の支援策や、詳細な健康検査は、年間1mSv以上の地域に住むすべての人に実施されるべきだと勧告した。

 同報告は、最も影響を受けやすい脆弱な立場に立つ人に十分な配慮をして、健康に対する権利の保護のための施策を求めたものであり、日本の市民社会はこれを歓迎している。

 ところが、日本政府は、国連科学委員会の見解に依拠して、グローバー勧告は「科学的でない」としてその勧告のうち多くについて受け入れを拒絶している状況にある。国連科学委員会の見解が低線量被ばくを過小評価する結果、被害者救済や健康に対する権利を保障する政策にマイナスに働くような結果を招来することは、本来国連の意図するところではないと考えられる。

 国連科学委員会、そして国連総会は、人権の擁護という国連の根本的な目的に立ち返り(憲章1条)、人権の視点に立脚した意思形成をすべきであり、科学委員会および国連総会の意思決定は、人権の視点に立脚したグローバー勧告を十分に反映するものであるべきである。


7 結論

 以上により、私たち市民社会は、国連科学委員会と国連総会第四委員会に対し、人権の視点に立脚し、低線量被ばくに慎重な視点に立ち、また、調査・分析の公正・中立・独立性を重視する立場から、国連科学委員会の報告内容を全面的に見直すよう要請するものである。

以上



特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウ
市民放射能測定所
国際環境NGO FoE Japan
子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク
虹とみどりの会
緑ふくしま
脱原発ネットワーク茨城
反原労(反原発労働者行動実行委員会)
風下の会 福島
那須野が原の放射能汚染を考える住民の会
全石油昭和シェル労働組合
おおさか生命環境コミュニタス
手をつなぐ3.11信州
和歌山放射能ガレキから命を守りたい委員会
ハーメルンプロジェクト
<ノーモア南京>名古屋の会
ストップ原発の会
原発やめよう/つながろう 関西・マダム会議
世田谷こども守る会
高木学校
吉川健やかネット
暮らしの環境情報室
福島県自然保護協会
「さよなら原発!三鷹アクション」実行委員会
脱原発・滋賀☆アクション
子どものための平和と環境アドボカシー(PEACH)
希望の大輪プロジェクト
原子力行政を問い直す宗教者の会
福島の子どもたちとともに・世田谷の会
脱原発の日実行委員会 
緑の党グリーンズジャパン
町民立環境ネットワーク★大磯
Oracle itami ~ポスト3.11を避難者と共に考える伊丹市民の会~
子どもたちの未来と環境を考える会ひょうご
東京電力と共に脱原発をめざす会
原発震災を防ぐ全国署名連絡会
原発震災を防ぐ風下の会
放射能からこどもを守ろう関東ネット
避難・支援ネットかながわ
福島大学原発災害支援フォーラム(FGF)
子どもの未来をまもる会・生駒
ハイロアクション福島
未来といのちを守る会
未来といのちを守る会泉州
森のこや
西屋敷
泉の森
かぶら屋
としま放射能から子どもを守る会
ぐるぅぷ未来
千代田区こども守る会
測定器47台プロジェクト
安心・安全プロジェクト
上関原発の根っこを見る会
いのち・未来 うべ
福島大学安全安心な教育環境をめざす保護者の会
被災者支援を考える会こうべ
避難・支援ネットかながわ
花風香の会
びわこ☆1・2・3キャンプ
本牧シニアITクラブ
本牧シニアEX
Make Our Way
ネットワークあすのわ



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9月10日・第2回口頭弁論期日での原告意見陳述

2013.10.23 17:37|なりわい訴訟について
■9月10日・第2回口頭弁論期日での原告意見陳述

・私は、相馬市で障がい者施設の運営に携わっています。事故後、入所している人から放射能に対する不安の声があがりましたが、どこにも障がい者を受け容れてくれるところはなく、行先がありませんでした。また、避難区域内にしか精神科の病院がなく、全て病院が閉鎖されてしまったため、薬を入手できなくなってしまいました。薬は絶対に必要なものです。私たちは、勝手に病院に入り薬を奪ってこなければならないかもと真剣に話し合いました。それほどせっぱつまっていました。原発は、ひとたび爆発すれば地域医療をストップさせてしまいます。また、社会的弱者へのフォロー体制もまったくありません。地域医療や社会的弱者に過酷な状況をもたらす原発や、人を大事にしない政治は要りません。


・私は、事故当時、双葉翔陽高校の生徒でした。3年生に進級するときで、仲良しグループと進路を話し合ったり、楽しく遊んだり、かけがえのない時間を過ごしていました。事故後は、養父が原発で働いていた時期があり危険性を認識していたことから、実父のいる山梨へ避難しました。山梨では、私を普通の転校生として受け入れてくれましたが、私は頭を切り替えることができず、将来のことを考えている友だちに気持ちがついていけなくなり、夜も眠れなくなりました。結局、私は養父らが避難する沖縄に移り、そこで通信制の高校に入り、卒業しました。でも、高校を卒業した実感はまったくありませんでした。2012年3月12日、双葉翔陽高校の卒業式がありました。本当なら、私も友だちと一緒に卒業証書をもらっていたはずでした。私は、事故でキラキラしていた時期を失ったのです。結婚や出産など、将来が不安です。国と東電には責任を取ってもらいたいです。


・私は浪江町に生まれ、高校卒業後、家業の農業と養蚕を継ぎました。また、自動車工場も始め、家族、町内の人たちとも仲良く過ごしていました。大地震の翌朝、「避難しろ」という広報車に起こされ、着の身着のまま二本松へ避難し、そこで原発が爆発したことを知りました。もう浪江に帰れないかもしれないと目の前が真っ暗になりました。その後、1カ月ほど福島市の体育館に避難しましたが、プライバシーはなく、何をするにも何十分も並ばないといけませんでした。私は体調を悪くし、危うく命を失うところでした。私たちは、お金が欲しいのではありません。事故前の平穏な生活を返して欲しいのです。



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焼却灰のセシウム濃度 明暗 柏、焼却方法変え低減 松戸、いぜん高濃度

2013.10.23 09:38|関連情報
■焼却灰のセシウム濃度 明暗 柏、焼却方法変え低減 松戸、いぜん高濃度
(2013年10月23日 東京新聞)


原発事故後、東葛の自治体を悩まし続けるごみの焼却灰問題。ここにきて柏市の灰に含まれる放射性セシウム濃度が下がり始め、民間の最終処分場への搬出を九月から再開した。一方で、依然としてセシウム濃度が下がらないのが松戸市。なぜ、明暗が分かれているのだろうか。 (三輪喜人)

 焼却灰問題をめぐっては県が手賀沼終末処理場(我孫子、印西両市)に設けた一時保管施設に、柏、松戸、流山の三市が昨年十二月から灰の搬入を始めた。一時保管するのは、通常の埋め立て処分ができない一キログラム当たり八〇〇〇ベクレルを超える灰で、各市とも保管場所がなくなってきたためだった。ただ、当初から地元住民の反対があり、三市は六月から搬入をストップせざるを得なくなっている。

 柏市では六月時点で、南部クリーンセンター(CC)で灰から最高四四八〇〇ベクレルのセシウムが検出されていた。その後セシウム濃度が下がったのは、濃度を高める主因とされる草木の焼却を、旧式炉で灰を圧縮する工程がない北部CCに集約してからだ。新型炉で灰の圧縮工程がある南部CCでは、草木の焼却を止めた。両CCの灰のセシウム濃度は一一〇〇ベクレル程度で、民間処分場の受け入れ基準といわれる四〇〇〇ベクレル以下に低減し、処分場搬出を再開できた。
 
  ×  ×

 一方、松戸市では六月以降も二カ所の焼却場のうち市クリーンセンター(CC)の焼却灰から一キログラム当たり一〇〇〇〇ベクレル超のセシウム検出が続いた。八月は七八九〇ベクレルとやや低減したがそれでも通常の埋め立て処分はできない。ただ、炉の構造が違う和名ケ谷CCの灰は、草木を燃やしても一〇〇〇ベクレルを下回っている。

 和名ケ谷CCに草木の焼却を集約してはとも思うが、できない理由を市担当者は「もし和名ケ谷でセシウム濃度が上がり、焼却がストップしたらごみ処理ができなくなる」と説明する。市CCでは三月に草木を燃やさない実験をしたが、灰のセシウム濃度は四〇〇〇ベクレル以下に下がらなかった。

 灰の保管場所の限界が迫った八月、市は手賀沼終末処理場に搬入を再開しようとした。しかし、地元住民の反対で見合わせ、今も保管を続ける。担当者は「焼却施設の改造など低減策に取り組んでいるが、すぐに結果は出ない。厳しい状況が続く」と話す。

 
  ×  ×

 手賀沼終末処理場に百七十八トンの指定廃棄物を搬入した流山市は現在、柏、松戸両市と異なり、セシウム濃度を高める主因とされる草木は燃やさずチップ化し、八月から民間の処分場で埋め立て処理している。焼却場から出る灰のセシウム濃度も一〇〇〇ベクレル前後で、民間処分場に搬出している。

 ただ、分別収集した草木はまだ焼却施設内に約七千トンある。担当者は「秋になり落ち葉の量が増える。保管場所を確保するため、今も自転車操業」と話した。




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原発事故後のWBC測定、飯舘村の3カ月以内という要望はかなわず。(おしどりマコ)

2013.10.23 09:13|被曝・賠償・医療問題
■原発事故後のWBC測定、飯舘村の3カ月以内という要望はかなわず。
(おしどりマコ)

http://no-border.asia/archives/15648
より全文転載


筆者の前回の記事
「原発事故後3週間以内のWBC測定値が存在、35%が汚染」
http://no-border.asia/archives/15531

この記事について、福島県の飯舘村の子供達のWBC測定の部分について詳細を知りたいという要望があり、改めてまとめる。

【3行トピック】

※飯舘村民は短半減期核種の初期被ばくが切り捨てられることを、2011年4月から懸念していた。

※せめて、子どもたちだけでもWBC内部被ばくの測定をしてほしい、と要望、活動をしていた。

※東京電力、内閣総理大臣、福島県知事、福島県立医科大学、その他各所に要望したが、飯舘村の子どもたちのWBC測定が、迅速に行われることは無かった。

********

2011年3月15日18時20分、飯舘村の役場のモニタリングポストは44.7μSV/hという空間線量率を示した。

しかし、飯舘村が計画的避難地域に指定されたのは、それより1か月以上経過した4月22日である。

『負げねど飯舘!』メンバーは、4月28日に東京電力の女性社員が内部被ばくをした、というニュースでホールボディカウンターの存在を知る。
それまで、どうやって内部被ばくを測定するのかわからなかったのだ。

4月30日に飯舘村で東京電力の謝罪説明会が行われた際、皷紀男副社長に要望する。

「謝罪はいいので、村の子供たちの内部被ばくを測定してください。一昨日のニュースでやっていたけれど、東京電力さんはホールボディカウンターという機器を持っているのでしょう。それで、村の子供たちを測定してほしい。それで、被ばくしていないことがわかったら、そんなに謝罪する必要はなくなりますでしょうし。」

このような内容を要望すると、皷紀男副社長は「社に持ち帰って、ぜひ検討します」という回答であったが、以降、返答は無い。

(余談だが、筆者は東京電力の会見において、何度もこの件を質問した。検討する、と言いながら、5月30日に
「住民のホールボディカウンターの測定は政府と相談しながらやっていく」
という回答が出た。
その旨を飯舘村に伝えたのか、と重ねて問うと、
「伝えていない。この会見での回答をもって、村への回答とする。」
と返ってきた。
いや、4月30日の飯舘村謝罪説明会の際の回答として、東京電力はこの会見での回答で返事をせず、飯舘村に直接、正式に回答をしてほしい、と要望した。
しかし、その後も東京電力から飯舘村に回答は無かった。)

4月30日に東京電力に内部被ばくの測定を要望した飯舘村民は、それだけを待ってはおらず、ホールボディカウンターについて勉強をし、そして様々な方面にも測定を要望した。

ヨウ素131を高濃度有するプルームが飯舘村を通過したため、ヨウ素131による被ばくが疑われること。
ヨウ素131は半減期が8日と短いため、半減期を10回すぎる80日後には2分の1の10乗、1024分の1にまで減衰してしまうこと。

しかし、飯舘村民だけでは、状況を動かすことができず、どなたか手を貸してほしい、と5月19日衆議院議員会館で訴えた。

そのときに筆者は『負げねど飯舘!』のメンバーと知り合ったのである。

(詳細はWebマガジン「マガジン9」の連載第4回:2011年6月15日、に書いてある。http://www.magazine9.jp/oshidori/110615/)

5月19日の訴えを抜粋する。
********

http://space.geocities.jp/iitate0311/kekki3.html

運命の3月15日。

 避難所の炊き出しをするお母さん方の頭上に、一生懸命手伝いをする子供たちの頭上に、地域の道路の補修をしていた青年の頭上に、近所のお年寄りの世帯を心配して回る消防団の頭上に。うっすらとアスファルトをおおうだけの春雪とともに放射性物質が村に降ったのです、春を間近に感じるすこし肌寒い日でした。

 その後、ガソリン不足や物資不足が続き、村民は混乱し続けていました。さらに、放射線量の測定も始まり数値も出てきましたが、私たちがその数値を見ても、いったいその数値がどんな数値なのかが理解できずに、さらに不安が増しました。
 今でも、その数値が意味するものは何か、わからない方がほとんどでしょう。

 その中で某大学の先生が、この数値では問題ないです安全です。マスクをしなくても子供を外で遊ばせても問題ないですと講演をしていかれました。そのことにより、純朴な村民は、安全なんだ、非難しなくても大丈夫だ、と思ってしまったのです。
 その後も、洗脳するかの様に次々と安全だと言う先生が講演をして行かれました。
 そして、いきなりの計画的非難区域、あの講演はいったいなんだったんだ!?一気に村民は、不安に包まれました。

 なぜ、リスクがあると言う講演は行われず、かたよった情報ばかりで、私たちに選択肢が与えられなかったのか?
********

「負げねど飯舘!!」は住民の、とりわけ子供たちの内部被ばくの測定をしてほしい、と各所に要望書も出している。

福島原子力発電所事故対策統合本部 本部長 内閣総理大臣 菅直人 宛
福島県知事 佐藤雄平 宛
福島県立医科大学学長 菊池臣一 宛
福島県立医科大学付属病院長 村川雅洋 宛

ホールボディーカウンターによる体内放射能測定に関する要望書


「内部被曝については村や個人の努力では測定も評価もできません。私たち村民、とりわけ放射線に対する感受性の高い子どもたちが、この二ヶ月間に受けた体内被曝量が、事実として、いかほどであるかを正しく測定し、評価し、記録しておくことは、今後の私たち村民の健康管理にとって必要不可欠だと考えます。」

村の子どもたちを被ばくさせてしまったのは、村の大人たちの責任なんだ、この先、村の子どもたちに健康被害が出て、何十年後も裁判をずっと続けないといけないような状況には、本当に本当にしたくないんだ!

筆者宅に泊まった『負げねど飯舘!』のメンバーの何人かはそう語っていた。

「事故後二ヶ月が経過した今では、ヨウ素131など、半減期の短い核種については、すでに測定できないだろうとのことは承知しております。」

この一文からもわかるように、飯舘村の村民は事故直後から、短半減期核種の被ばくが切り捨てられることを懸念していた。

「ホールボディカウンターは、作業員や消防隊員、警察官優先」
「全国に台数が少ないので住民まで回らない」

測定の要望に行くと、ある研究機関ではそう回答された、と聞いたため、筆者は会見で全国のホールボディカウンターの台数と稼働率など、様々な点を質問した。
(すると、当時の細野豪志補佐官が迅速に調査してくれた。筆者の個人的な印象だが、細野氏は大臣時代と、補佐官時代では、様々な考え方が違っていた。)

(取材メモ、議事録を読み返すと、様々な重要なものがあったので、改めてまとめる。)

(余談だが、このときの活動の成果の1つとして、筆者と『負げねど飯舘!』メンバーが協働して、2011年3月末にいわき市、川俣町、飯舘村で行われた小児甲状腺サーベイの結果の数値を住民に返す説明会を開催させることができた。)

様々な要望、直接のお願い、活動を行ったが、結局飯舘村の子どもたちが3カ月以内にホールボディカウンターで測定を受けることはかなわなかった。

当初から、3カ月、と区切りをつけていた。

それは、いつまでも同じ問題に取り組んでいても進まないこと、
短半減期核種は、減衰してしまい、時間がたってからでは測定を受けても検出されないこと、
その区切りの目安は、放射線作業従事者が定期的に受ける電離検診を目安として、3カ月、
飯舘村が高濃度の放射性プルームに覆われ、モニタリングポストの値が44.7μSV/hを指示した3月15日から3か月後の6月15日まで、
それまでに、何とか飯舘村の子どもたちを、数10人でもホールボディカウンターを受けさせると決めていた。

しかし、かなわなかった。

「6月15日によせて」というメンバーの文章がある。

http://space.geocities.jp/iitate0311/keii.html

前半を抜粋する。

飯舘村に放射性物質が降り積もったのは3月15日でした。今日で三ヶ月が経過します。私たちはどの程度被曝したのか。深刻な影響はないのか。そもそも低線量被曝の範疇なのか。せめて子どもたちのデータだけでもきちんと記録して今後の医療ケアに役立てて欲しい。そんな思いからホールボディカウンターでの検査を求めていましたが回答はありませんでした。新聞等に福島県による健康調査の報道もありますが、三ヶ月を経過した段階での調査で3月15日になにがあったのかを推測できるのかどうかはわかりません。

もちろん、三ヶ月以内なら推測可能で、それを1日でも過ぎると推測不可能なんてことはないでしょう。ホールボディカウンターによる検査も万能ではありません。検出できる放射性物質は限られていますし、ヨウ素については半減期の関係があり、セシウムについても生物学的半減期があり既に検出は難しいことは予想していました。また、仮に5月中に検査をしたとしても私たちのケースでは放射性物質がどのタイミングで体内に入ったのかを推測することは不可能に近いことも理解していました。汚染された場所で一ヶ月以上も普通に生活していたのですから。ただ、「検査をしていないから“わからない”。」「“わからないこと”は“なかったこと”」にされてしまうのではないかと危惧したのです。原子炉作業員が三ヶ月に一度の基準で検査をしているという「基準」をたよりに要望をしてきましたが取り合ってもらえませんでした。残念です。もっと早くホールボディカウンターの存在を知っていれば。もっと早く国や県へ要望していれば。もっと早くホールボディカウンターがあるにもかかわらず稼働していない事実をつかんでいれば・・。

筆者は、6月15日の晩に、飯舘村からの電話を受けた。
「6月15日が終わってしまった、俺たちはダメだった、動かせなかった…」
これを電車の中で聞いた筆者は、電話を切ったあと、電車を降りて駅で泣いたのを覚えている。


これが、『負げねど飯舘!』メンバーが原発事故の3カ月以内に、村の子どもたちをホールボディカウンターを受けさせるために動いたがかなわなかった、という件の概要である。

短半減期核種が減衰してから、半年たってから、福島県民のホールボディカウンターの測定が始まったときの悔しさを感じて頂けるだろうか。

それも踏まえて、前回の記事、
「原発事故後3週間以内のWBC測定値が存在、35%が汚染」
http://no-border.asia/archives/15531
を改めて読んで頂きたい。

海外では、日本から帰国した自国民に迅速にホールボディカウンターによる測定を行っているのである。

せめて、その情報を知りたい、という要望さえかなわないのだろうか。

【DNBオリジナル】

(その後、『負げねど飯舘!』と相談して、自由報道協会主催で記者会見を行った。
とにかく発信する、という意志を持ち、飯舘村について知りたい、と思う方は参加可能な会見にした。
夏休みの壁新聞でも、井戸端会議でもOK!としたため、小学生からNHKの解説委員まで、幅広い参加があり、様々な質問が出た。

2011年8月26日「負げねど飯舘!」会見の動画は下記である。
http://www.ustream.tv/recorded/16879722

http://live.nicovideo.jp/watch/lv60748944

この会見について、発信されたものをいくつか集めた筆者の記事は下記である。
http://www.magazine9.jp/oshidori/110907/


以上、転載おわり



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ブログ主より訪問者のみなさまへ

2013.10.23 08:44|支援者の想い
訪問者のみなさまへ

「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の沖縄原告団の支援をしている
BQNと申します。

東京都内の、特にホットスポットでもない世田谷区から事故発生後1年たって
沖縄県に母子移住しました。穏当に仕事をやめることとパートナーの同意を
得るのに1年かかりました。

311の時に電話が使えなくなりツイッターだけが情報源になった経験から、
その後も放射能関連情報をツイッターで収集し続けました。

日本の原発が深刻な問題を抱えていたこと、稼働しているだけで多くの被曝
労働者を生み、近隣に放射能を出してしまうことも事故後に知りました。
福島・敦賀に原発銀座があることも、新潟に世界最大の原発があることすら
知りませんでした。自分の国のことなのに、本当に無知でした。

自分の子をこれ以上被曝させないために集めた情報をネットで発信してるうちに、
「過剰反応」の代名詞のようにメディアや電力系工作員のバッシングの対象
になりました。生まれて初めて露骨な悪意を匿名多数から向けられたことで
色々なことに気づき、勉強しました。

国と東電を被告とするこの訴訟に対しても、いわれなきバッシングが起こる
かも、と懸念していましたが、実際は「批判もしなければ応援もしない」
という結果でした。原発関連訴訟は株主代表訴訟、刑事告訴、運転差し止め、
損害賠償要求など色々あり、メディアがあえて分かりにくく報道している
ようにも思えます。

北部に深刻な汚染を抱える群馬県民、新潟や千葉のホットスポットからの
移住者たち、もと東京都民の私も生業訴訟の原告にはなれません。

しかし、困難な状況のなか声を上げた福島県および近隣県のみなさまの後方
支援ができたらと思い、沖縄での説明会のお手伝いなどさせてもらっています。
まずは一番被害を被った方たち自ら声をあげ救済を求めてほしいです。

私はこの訴訟が、人類史上最悪の原発事故の加害者に責任を認めさせる礎に
なることを願っています。未来の世代に負の遺産をたっぷり残したまま、し
らんぷりして何もせずに死ねない、という想いです。

裁判を被告側の一方的な茶番で終わらせないためには、原告数と世論の
バックアップが必要です。みなさまの身近に福島、宮城、茨城、栃木、山形
の方で何か行動したいという方がいらっしゃいましたら、ぜひ生業訴訟のご
紹介をしていだきたいと思います。

みなさまのご理解・ご支援に心から感謝いたします。


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仙台から移住したお母さんと原発訴訟

2013.10.23 07:50|被曝・賠償・医療問題
ツイッターで気になったツイートの転載シリーズ。
宮城県仙台市から岡山に母子移住されたつばきさんが、原発賠償説明会に行ったことをタイムラインで報告されてました。


つばき@反原発、脱被曝 ‏@tsubaki131 19 Oct
今日、原発賠償説明会さ行ってきた。みっつり2時間くらい、岡山の弁護士さんがらADR(原子力損害賠償紛争解決センターへの申立て)についでど、福島原発事故訴訟弁護団事務局長の馬奈木弁護士さんの話ば聞いできた。


つばき@反原発、脱被曝 ‏@tsubaki131 19 Oct
岡山の弁護士さんの無料相談も受げできた。初めで行った感想は「わだすらが移住してきたごどは正当だ」ってわがったごど。弁護士さんは声をあげねば国にねがったごどにされる。命ど国策、金を天秤さかげるのはやめさせるべ。泣き寝入りはしねーべしってごどをかだってだ。


つばき@反原発、脱被曝 ‏@tsubaki131 19 Oct
色々、メモしてきたごどがあっから、おいおいtwで流していぐべど思う。ADRだげでねぐ、原告さなって訴訟を起ごしでぇ気持ぢもある。東電ど国を相手にするならば訴訟以外にねぇがらだ。ADRは東電だげが相手。国さも責任を負わせねばならねぇ。でも、国を相手にするのはハードルがたげぇ。


つばき@反原発、脱被曝 ‏@tsubaki131 19 Oct
訴訟を起ごすのには人数がまどまらねばならねぇし、判決が出るまで長い時間がかがるがら原告さなるのは大変だ。旦那もADRについではどっちでもいいって言うげど、原告さなるのはどう思うがわがらねぇ。今後も弁護士さんど相談しながらADRど訴訟を検討していぐ。



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「風評被害」という言葉の意味するもの 

2013.10.23 07:36|被曝・賠償・医療問題
ブログ主ベクレーヌ八千代ツイッターより「風評被害」について話題になった部分を転載します。マンピョウさんは米国共和党上院インナーサークル委員・政治科学アカデミー会員、あつしつむらさんはフィリピンで翻訳・通訳業を営んでいるとプロフィールに書いてあります。


Dulles N. MANPYO ‏@iDulles 20 Oct
原発に賛成であれ反対であれ……。汚染がここまで確実な以上、被曝を子どもにさせられるか……。誰だって喰わせはしない。表にしようが隠しようがしない。しかしそれは前提として選択肢を呈示してなきゃいけない。選択肢の多い日本なのに、ここだけは選択肢なしを貫く壮大なムラ社会です。


ベクレーヌ八千代 ‏@BQN_yachiyo2 20 Oct
@iDulles 選択肢の提示より「風評被害の払拭」がこのムラ社会では唯一の正義。今年はタイやマレーシアのバイヤーが「検査体制と生産者の努力」を確認し福島の桃を買ったというニュース。伊達の農家のおじさん「タイの人が風評被害を払拭してくれた」と涙目。


Dulles N. MANPYO ‏@iDulles 20 Oct
@BQN_yachiyo2 ①如何に造語に長じている日本人もこの語だけは失敗した……と私は意うのです。丸切り分からないことばなのです。翻訳してもまったく意味が判らない。意味が分からないことを仰言るように「払拭する」というものかも察れません。


Dulles N. MANPYO ‏@iDulles 20 Oct
@BQN_yachiyo2 ②より精確に云うならば「一生懸命やってるオレに文句をいう奴らはクレイマーだ」という意訳になりましょう。一生懸命の前に事実は考えない、考えないようにしている意味不明さが先ずはこのことばの始発駅かとおもうんです。


Dulles N. MANPYO ‏@iDulles 20 Oct
@BQN_yachiyo2 ③これを世界地図上で水平移動しまして、チェルノブイリの農家に行き送像してみます、「オレの一生懸命つくった茸にケチつけやがって」と。一生懸命で事実が絆されるのなら事実は要らぬということになります。


あつし つむら ‏@GianHere 20 Oct
「風評被害」なんて言葉は、”みんながそう言ってた”から、という同調性の賜物。”みんながそう言ってたんだから、違うのなら言い出した奴が悪い”ってなボトムレス依存症。そう言う馬鹿には、なーんも教えたらんから、全部自分で調べて、間違うてガキ死なせてから、わてがアフォでした。と言え。



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福島中通りから新発田市に自主避難してきているお母さんの話

2013.10.19 22:37|先のみえない避難生活
■4歳の子供とふたりで福島中通りから新発田市に自主避難してきているお母さんの話

太陽のイビキ ‏@taiyonoibiki 氏の2013/10/16の連続ツイートから全文転載


「ある自主避難者の証言」

~4歳の子供とふたりで、今年1月に福島中通りから新発田市に自主避難してきているお母さんのお話です。 2013年10月5日(土)pm7時から~ 新発田市きやり館あやめの間


 私は、今年(2013年)1月、福島県中通りO村から4歳の子供と二人、新発田市に自主避難してきました。O村には、祖母、父、母、兄を残してきました。 私のふるさと、福島県安達太良郡O村は、福島第一原発のほぼ真西約40キロのところに位置しています。盾のように連なる安達太良連峰西側の緩やかな扇状地の上に拓かれた村でした。扇状地に湧く豊かな水ときれいな空気と東南方向から降り注ぐ日光を利用して、米、野菜を始めとする農業が栄え、農村としては珍しく、わずかずつですが、人口も増えていました。

他のところはみんな合併してしまいましたから、安達太良郡で今でも村として残っているのはO村だけです。私はそのことをとても誇りに思ってきました。でも、今は飯館村に次いで汚染が激しいところです。


※太陽のイビキ氏より重要な訂正:
すみません。僕は、O村を「安達太良連峰西側の緩やかな扇状地の上に拓かれた村」と書きましたが、事実は、「安達太良山東側の緩やかな扇状地の上に開かれた村」というのが正しいです。もし、O村が山の西側にあったなら、風が東から西に吹いた時でも、山が盾になって防ぐので村の放射能汚染は深刻ではなかったでしょう。しかし、実際は東側にあるため、逆に風に運ばれた放射能は山に突き当たって、その東側に大量に降り注ぎ、扇状地を汚染しました。土、森、川、湧水を汚染したのです。そして飯館村に次いで最も汚染された場所になってしまいました。ご指摘ありがとうございました。 2013.10.20



 これから私がお話しすることについては、人によって意見の相違があり、絶対だとは言えません。あくまでも、私個人の見方だと思って聞いてください。

 私は、原発や放射能のことについてほとんど何も知りませんでした。ただ、以前、私が勤めていた会社の上司が脱原発だったこともあって、他の人よりはほんの少しだけですが、意識していたかもしれません。その上司がよく言っていたことは、「ベントという言葉を聞いたら危ない。すぐ逃げろ!」でした。でも、私がその言葉を聞いたのは、事故が起こってから数ヶ月も経ってからでした。

私が引っ越しを考えた最初のきっかけは、3月12日に1号機にヘリコプターで放水(注:自衛隊ヘリコプターによる放水は2011/3/17、3号機に対して行われた)しているのをテレビで見たときで、それから、汚染水をオガクズで止めるとか言っているのを聞いて、ますます怖いと思うようになりました。でも、震災で水道もガスもストップしていたときは、みんな外で行動していたわけですよね。

 3月15日から25日まで、私は群馬県の親戚の家に避難していたのですが、そのとき、赤城山が真っ黄色になっているのを見て、とても不気味に思ったことを覚えています。後で聞いたことですが、花粉というのは放射線を浴びると大きくふくれるのだそうです。あんなに離れたところにも放射能は届いていたのですね。

 今でも後悔していることは、なぜあのときすぐに引っ越さなかったかということです。そうすれば、子供を被爆させないですんだのにと思うと、とても罪悪感を感じます。

 すぐに決断できなかった理由は、私がそのとき仕事のために1年間の在宅業務の研修を受けていたからです。私はシングルマザーなので、自活するためにどうしても収入が必要でした。放射能への恐怖はありましたが、どこか認めたくないという気持ちもあり、少なくとも1年はがんばろうと思ったのです。

 でも、その頃から子供の具合がだんだん悪くなっていきました。病院に連れて行くと、風邪と診断されました。でも、いつまでたっても咳が止まらず、だるそうにしており、反対に悪くなっていくようでした。

 あるとき、除染の作業をしていた人から「ここは口で言えないほど汚染されている。俺ならこんな所には絶対に住まない」と言われました。役場ではガイガーカウンターの貸し出しをやっていましたが、役場の人から「地表から1メートル以上離して、30分以上そのまま立っていなければいけない。それにあくまでも目安で正確な数値は出ない」と言われました。

 妹夫婦が、すでに新発田に引っ越していて、電話をすると「今すぐ、引っ越しておいで」と言います。反対に、祖母や父母や兄は「大丈夫だ。神経質になるな」と言いました。私は、シングルマザーで、そのことで迷惑をかけたし、そのぶん世話をするねと約束していたので、それからだんだん放射能の不安を家族に話せないような雰囲気になりました。特に、祖母は幼稚園バスまで子供の送り迎えをしたりして、それを張り合いにしていましたから、私は子供の体のことと板挟みで両方を裏切っているように感じました。

 村の中で、だんだん放射能について口に出せない雰囲気が広がっていきました。うっかりそのことを、友人に話して、「そんな気弱なことでどうするの」と怒られ、人間関係にもヒビが入っていくような気がしました。国は、除染、除染と言っていますが、それは除染して土を保管しておける休耕地のような空き地を持っている家の話です。私の家は、そんな余分な土地はありませんから、除染はしてもらえず、そのままにしてあります。風の強い日には線量計の数値が跳ね上がっていました。

 子供は、もともと外で遊ぶのが好きな元気な子で、ドングリとか草とか石ころとか大好きなのですが、「遊んじゃだめ!」と叱るのが辛かったです。

 家族は家で食べる野菜を全部作っており、それを子供に食べさせるのが楽しみです。その頃から、畑の周りのタンポポがみんな変で、50株も60株も同じ所から出て、その茎が全部くっついて異様に太くなってそこに見たこともないような大きな花が咲いて、気持ちが悪かった。田んぼに稗が大発生しました。あんなことは今までありませんでした。 野菜も今まで見たこともないような形のものがとれるようになりました。桃、トマト、トウモロコシ、タケノコとかそういうものを、巨大なシイタケとか食べさせようとするんです。家族は子供に食べさせるのが楽しみなので、食べないととても悲しそうな顔をするんです。干し柿なんかも、食べさせられました。他の家では、野菜や食物を作るのをやめて、花の栽培に代えたところもありますが、私の家族は頑固で、食べ物を作り続けました。

 そのころ、保養説明会というのがあって、そのなかで、放射能の危険があるので、干し柿は食べない方が良いというお話がありました。私は、このとき、初めて「ああ、放射能のことを心配してもいいんだ」と思って、そうしたら、知らないまに涙が出てきました。 それで、形の変な野菜の放射能を計ってもらおうと思って、役場に持っていくと、「役所が安全だと言ってるのが、わからないのか!母親がそんなことでどうするんだ!」と、逆にどなられました。結局、持っていった野菜は計ってもらえませんでした。

 放射能は禁句という空気はますます強くなり、幼稚園では外遊びを奨励、給食の食材も地元のものを使うという信じられないことが起こるようになっていきました。

 子供は気がつくといつも風邪を引いた状態です。鼻血をしょっちゅう出すようになり、いつも体がかゆいと言って掻いていました。桜祭りのときに、子供が裸足で水たまりに足をつっこんだんですが、数日経つと、足が腫れて膿がたまりました。医者は「風邪ではこんなふうにならないなあ」と言いましたが、放射能の影響については質問することができませんでした。病院でも、放射能を口にすると、鼻で笑われるような雰囲気がありました。クリスマスの日、朝から意識が朦朧として胃腸炎だと言われました。子供の視力がおかしいのに気づいて、医者に連れて行くと、屈折異常弱視だと診断されました。そのときから、子供はビール瓶の底のような厚い眼鏡をかけるようになりました。

 赤ちゃんからセシウムが検出されたお母さんの話を聞きました。母親としての喜びも奪われたような気がして悲しかったです。水道局で働く友人から5月にビーフシチューからセシウムが出たとか、9月に福一牛乳を飲んだ子供が全員嘔吐したとか言う話を聞きました。

 そういう話は口止めされているんですが、耳を塞いでいても自然に入ってきます。毎年、幼虫からカブトムシを孵している人で、みんな奇形になって死んでしまったとか、50代の人で腸にポリープができたり、穴があいたとか、病院に行ったり入院するようになった人の数は間違いなく増えていると思います。

 全く健康だった人が心筋梗塞になって急死したり、葬式が増えました。私の母も、心筋梗塞で倒れました。今までも心臓に問題があったことなどない人です。今はペースメーカーをつけています。バンダジェフスキー博士の講演で、博士が放射能と心臓病の話をされたとき、ああ、これなんだと思いました。

 私自身の健康もおかしくなっていきました。そういえば、ずっと マスクもしないで外で過ごすことが多かったのです。だるくて布団から起き上がることができなくなっていきました。仕事中にも眠くてしようがないのです。吐き気がして、駐車場に車をとめて、ぼんやりしていることが多くなっていきました。

 医者は鬱だと言い、薬が処方されましたが、全く効きませんでした。かえって目眩がひどくなりました。体にいつも弱電流が流れているような感じで、単純な作業をしようとしているのにやり方がわからない。気分転換のつもりで買い物に行って入ったお店で、そのまま訳が分からなくなって何時間も突っ立ているようなことが起きるようになっていきました。死にたくなったり、音楽がなると踊りだしたくなったり、判断ができない、自分でも何をしているのかわからない。放射能で脳をやられたハムスターが死ぬまでグルグル回り続けている映像を見ましたが、私もあんな感じでした。1ヶ月休職しましたが、1ヶ月経っても症状は悪くなるばかりでした。

 それで、どうにもならなくて新発田にきたのです。東電からは一回目に70万円出ました。生活費と引っ越しですぐになくなってしまいました。二回目に17 万円出ました。それと、生命保険を解約してなんとか現金を作りました。

 ところが新発田に引っ越してから、嘘のように健康が回復したのです。書類のことがあるので、O村の役場に電話すると、厳しく詰問されるような感じでした。それで、中途半端ではいけないと思って、新発田市に住民票を移しました。もう、福島に帰るつもりはありません。

 新発田の人は親切ですが、後ろ指を指されているような後ろめたさは感じています。私はカラオケが好きなのですが、福島ナンバーで駐車場にとめていると、なんだか申し訳ないようでいつも目立たない所にとめるようにしています。外食するときもそうです。服を買っても、皮肉を言われるような気がします。避難者同士の気持ちもバラバラになっています。

 明るく振る舞うようにしていますが、先のことを考えると真っ暗になります。 さいとうるりこ(仮名)
 

太陽のイビキ ‏@taiyonoibiki 氏のコメント

「ある自主避難者の証言」レポートを、リツィートしてくださった皆様、心からありがとうございます。避難者の声をじかに聞きたいと僕自身が強く思っていたので、この企画を立てました。けれども残念だったのは、参加者が少なかったことです。わずか8人です。

もともと、この「なくそう原発!しばた」は、バックになんの組織もなく、ただ柏崎刈羽原子力発電所の再稼働反対の署名を集めたり、原発や放射能について本当のことが知りたいという気持ちだけで集まった市民の会ですから、毎週水曜の夕方1時間、3~5人で新発田駅前でビラを配るくらいでしたから、宣伝力が小さいのは仕方ないけれど、8人というのはひどすぎると思いました。有名な人でなければ、ダメだとでも言うのでしょうか。斉藤(仮名)さんが、この話をするのにどれだけ勇気がいったか、それを考えると、なんだか彼女に申し訳なくてどうしようもありません。それで、こんな貴重な話をもっともっとたくさんの人に聴いてもらわなくてどうするんだ!と思って、ツィートしました。口述筆記したものをまとめたもので、抜け落ちたところもありますが、だいたいのことは伝えられたのではないかと思っています。


この連続ツイートに対するmasa ‏@zebra_masa 氏のツイート
福島から新発田に引っ越された(方の証言を紹介する)太陽のイビキ ?@taiyonoibikiという方のツイートを読んでると、やりきれなくなってくるけど、引っ越した事で体調の方はみるみる回復されたらしい。とりあえずは良かった良かった。シーベルトだベクレルだって前に自分の体調は自分が一番分かるものなあ。

@zebra_masa氏に対する太陽のイビキ ‏@taiyonoibiki 氏の応答
ありがとうございます。セシウムはナトリウムやカリウムをたくさん摂ることで、すぐ体外に排出されていくのか、きれいな環境に避難することで(ここだって必ずしもきれいだとは言えないけれど、O村に比べればずっときれいということです)体調も回復するようです。

(さいとうるりこさんは)「皆さんも一刻も早く避難してくればいいと思いますが、避難して来ても生活の困窮がすぐそこに迫っていて、そのことで避難者どうしの関係がギクシャクしているのが、悲しいです。

私は市の方から、嘱託で仕事をいただいたので、だいぶ楽ですが、仕事のない人も多く、皮肉を言われることもありますが、気持ちはわかるので悪いふうにとらないように心がけています。心がバラバラになったまま、故郷に残してきた祖母や父母、兄のことを考えると、とても苦しいです。子どもは元気に遊んでいますが、強度の弱視は治りません。決断を遅らせた私が悪いんだと思います」と、言っていました。


※ずくなし注
福島県中通りO村の最近の空間線量率は、高いところは0.41μSv/hある。


以上、ブログ「ずくなしの冷や水」より全文転載しました。
http://inventsolitude.sblo.jp/article/78443656.html


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東電が業者への賠償を打ち切り 茨城

2013.10.16 09:38|被曝・賠償・医療問題
■東電が賠償一部打ち切り
(NHK水戸放送局 茨城のニュース 2013年10月15日)


東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴ういわゆる風評被害への損害賠償について、東京電力は、茨城県内の一部業者に対して「支払いを打ち切る」と伝えていたことがわかりました。

これに関連して15日、社民党が臨時の電話相談窓口を設けたところ、あわせて10件の相談が寄せられました。
福島第一原発事故をめぐっては、福島県だけでなく、茨城県内などの観光業や食品加工業などの一部業者に対しても、いわゆる風評被害によって売り上げが減少したとして、東京電力が損害賠償を支払っています。

ところが東京電力はこのうち一部の業者に対して、「支払いを打ち切る」と、ことし8月以降、文書で伝えていたことが分かりました。東京電力から送られた通知書によりますと、「事故から相当期間が経過した現時点では通常、新たな取引先の開拓および新たな事業の展開が可能であると考えられ、売り上げの減少と事故との因果関係を認めるのが困難なため」としていて、賠償を打ち切るとしています。

この問題について、社民党茨城県連が15日、水戸市で臨時の電話相談窓口を設けたところ、午前中から電話が相次ぎ、午後4時までにあわせて10件が寄せられました。

このうち県内の食品加工業の経営者は「売り上げはまったく回復せず、こちらが了解していないのに打ち切りの通知書が届いて困っている」とする相談を寄せていました。

NHKが県内の食品加工業者などに取材したところ、常陸太田市や那珂市などの複数の業者が「一方的に支払いを打ち切られた」としています。

これについて東京電力は、「当事者と協議のうえ、了解を得た業者から支払いの打ち切りを行っていて一方的に通知書を送ることはしていない」と説明していて、業者側と説明が食い違う結果となっています。


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村上真平さん「自然と共にあった飯館村の生活 〜原発事故が奪ったもの〜」

2013.10.16 00:57|関連情報
10月11日に沖縄のキリスト教関係者の招きで開催された、村上真平さんの

「自然と共にあった福島県飯館村の生活 〜原発事故が奪ったもの〜」

という講演会に行ってきました。

村上さんは福島県田村市の福島原発から32kmのところで生まれ育ち、
主に東南アジアの海外協力の現場に約20年おられました。
2002年4月から飯舘村に拠点を移し、「自然を収奪せず、人を搾取しない」
生き方、エコビレッジへの道を歩んでいました。

特に印象に残った311当日から5月くらいまでのお話を書き起します。


《311を振り返って》

・飯館村は標高450mで地盤が固く、地震の被害がほとんど無かったため、
津波にやられた海側の救助・支援の通り道になるはずだった

・3月11日の大きな地震で電気が止まったあと、仲間と「陸の孤島になっても
ここなら生きて行けるね」と話していた。もともと衣食住全てを自分たちで
まかなう暮らしを目指していた

・3月12日のラジオで原発事故を知ったとき、ふたつの思いがよぎった
「こういう日がとうとう来てしまった」
「この農園をたたまなければいけなくなるだろう」
福島は福井につぐ原発銀座があり、危ないところに住んでいる自覚はあった

・反原発活動もしていたが、その運動自体に「原発は必要悪」「仕方ないもの」
というあきらめがどこかにあり、いつも同じメンバーで同じことを言い続ける、
単なるスローガンを掲げるための活動と感じていた


《原発の異変に気づいてからの避難・移住まで》

・地震で電気は止まっていたので情報源はラジオだけ。政府が最初に核燃料が
冷やせなくなったと発表してから7〜8時間経っても、冷却が回復したという
発表はない。この時点でメルトダウンは確実と判断し、12日午前3時に家族
と研修生と一緒に山形の米沢にいる妹の家に向かう。吹雪の中だった

・12日早朝に米沢着。それからはテレビやネットにかじりついてほとんど
寝ずに情報収集。1号機爆発のあと、13日に政府から2度目の原子力非常
事態宣言が発令され、「もう飯館村には帰れない」と諦める

・1号機爆発のあと、他の原子炉も海水を入れてベントすれば2〜4号機は
爆発しなかったのではないかと考えている。東電は、虎の子である原子炉から
4兆円の収入があったとされ、そちらを守ろうとしたのだ

・双葉町で仕事をしていた大工によると、3号機が爆発したあとのプルームで
最大1480マイクロシーベルトが観測された。数日で致死量に達するほどの
量の放射能が漏れていた

・その後、もともと自分が理事として関わっていた三重県の愛農会の事務局長
に電話して20名の避難者受け入れを依頼。3月16日に一緒に三重に移った。
この施設には約80名が一時避難し、その後の身の振り方を決める場として
利用した 

愛農会とは
http://www.ainou.or.jp/ainou_top.html


《講演をはじめたきっかけ》

・フランスから2011年5月に「原発事故の話をしてほしい」という依頼を受け、
それをきっかけに、2012年3月11日まではこの事故について話す活動をしよう
と決意した。今までに100回以上講演

・経済システムがつねに貧しい人々の国を収奪する構造になっており、先進国にいる
と自動的にそのシステムに組み込まれる。収奪を繰り返す文明、今はもう収奪する
場所が無くなっている。破壊尽くされた森林、焼尽された畑、枯れた水、追われた
少数民族。お金のために土地をダメにしてしまうやり方はおかしい

・農業は自然の森のような機能をもつようにするべき。生命が生命をつくれる環境
こそが森。それを目指すのが「自然農業」であり、自分はそれを実践している
1.循環 2.多様性(安定性)3.保水性(土が多層構造に守られている)


このあとは、飯館村でのエコビレッジでの活動の様子などの具体的なお話になり
ました。地に足の着いた暮らしをされていた村上さんの311はとても冷静で、
パニックというのが無かったことにも驚きました。

やはり、原発があること=事故に遭うかもしれないことであり、被曝とは何かを
普段から知っておくことは大切だと思いました。


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沖縄訴訟説明会(那覇と今帰仁)

2013.10.15 01:31|原告団沖縄支部活動

【説明会・学習会】11月16日(土)13:00~ 那覇市民会館 和室
http://www.nariwaisoshou.jp/realestate/entry-218.html

【説明会・学習会】11月17日(日)13:00~ 今帰仁村中央公民館
http://www.nariwaisoshou.jp/realestate/entry-217.html




原発事故は自然災害じゃない、人災だと思う方

国と東電に事故責任があることを認めさせるための集団訴訟にぜひ合流ください

このままでは、レベル7の原発事故を起こしても誰も裁かれない前例ができてしまいます

原子力利権がからむからって何でも特別扱い、おかしいと思いませんか?

いくらお金があっても被ばくによって、健康を失ってしまったら?

どの程度の被ばくなら許容できる?

原発や放射能問題でお互い疑問に思うこと、ぜひ一緒に考えましょう

注:原告になれるのは事故時に福島、宮城、山形、栃木、茨城に居住されてた方


ブーゲンビリアのティータイム(ブログ)より
被害者救済の仕組みづくり


集団訴訟には、訴訟を通して被害者救済の仕組みが作られていくという側面があります。例えば、東京大気汚染訴訟(通称:ディーゼル車訴訟)。この裁判を通してディーゼル車公害に関心が集まっていった結果、自動車の排出ガス規制等は、裁判と同時期から毎年のように強化が行われていきました。このディーゼル車訴訟がきっかけで東京都が創設した喘息患者向けの医療費無料制度は、約7万人が利用しているそうです。原告数600名ほどの...
被害者救済の仕組みづくり



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フクシマの訴え「暮らしを根こそぎ奪った」~玄海原発訴訟で弁論

2013.10.11 08:28|原告の想い
☆中島孝団長が玄海原発訴訟で弁論し、その内容が記事になっていました。

■フクシマの訴え「暮らしを根こそぎ奪った」~玄海原発訴訟で弁論
(NET IB NEWS 2013年9月27日)
http://ib-specialist.jp/2013/09/post-49-0927-ymh-2.html


47都道府県6,751人の市民が国と九州電力を相手取って玄海原子力発電所の操業停止を求めた「原発なくそう!九州玄海訴訟」の口頭弁論が9月27日、佐賀地裁で開かれた。福島県相馬市の被災者で原告の中島孝氏(57)と、長崎の被爆者で原告の川原進氏(68)が意見陳述した。中島氏は、福島原発事故の被害と現状を語り、「いったん事故を起こせば取り返しがつかない。言葉に尽くせぬ大変な事態を、我々は福島で日々体験している」と訴えた。川原氏は、「原発も、ピカドンと同じように放射性物質をまき散らし、内部被曝を起こす」と述べ、「私の(被爆)体験と、(福島第一原発事故で)内部被曝を受けた人たちの今後が重なるように見える。ヒロシマ、ナガサキが苦しんできたように、同じことが起こるのではないかと恐ろしい」と、放射能の危険性を訴え、ピカドンも原発もない「核なき世界」を呼びかけた。

 中島氏は、福島原発の被害者が原状回復を求めて福島地裁に提訴した「『生業を返せ、地域を返せ!』福島原発訴訟の原告団長。相馬市でスーパーを経営し、店から1kmのところにある漁港に水揚げされる新鮮な魚を販売していた。震災の直後は、店の近くまで津波が押し寄せ、「津波の最前線に唯一残った店」となった。地震から2年半経過したが、再建のめどが立たない。「地元相馬の魚を中心とした営みは大きくねじまがった」と語った。
 相馬市は放射線量の高い山中のダムが水道水源になっている。市は安全としているが、「市民は不安に思い、ペットボトルの水でご飯を炊き、みそ汁をつくっている家庭が今も多くある」と紹介。一方、低線量被曝の健康被害をめぐって、意見の対立が、市民同士の分断を生んでいると述べた。
 「放射能の危険に脅えることのない平穏な環境で生活することは、我々の最も基本の権利」と指摘し、「原発は止まるもの、なくなるものと思っていた。国も電力会社もフクシマから何も学ばないのか。また第2のフクシマを引き起こすつもりなのか」と、怒りを込めて告発した。
 原発事故の被害とはなにか、福島県民が日々直面していることはなにか。「地域が丸ごと失われ、暮らしが根こそぎなくなってしまうこと。明日を信じられないこと。ここまで頑張れば救われるという励みを持てずに暮らすこと」と、中島氏は訴えた。
 「私が福島からこの裁判に参加したのも、同じ事故を2度と起こしてはいけないという強い憤りからです。原発を再稼働することは、半永久的に続く福島の被害を容認すること、再び事故が起きることを容認することだ」

 原告側は、原発の被害について、400ページ以上の準備書面を提出。放射能による健康被害が重大で取り返しがつかないにもかかわらず、国が原子力利用を推進するために、被爆放射線基準をゆるめ、命と健康を軽視していると指摘。原発事故は、自然災害と違って、復旧復興まで長期間かかり、回復不可能で、被害が終わらないこと、家族の分断、文化の喪失、生業と生きがいを奪い、金銭で事後的に回復することはできない被害だとしている。原発労働者の被爆、事故が起きなくても稼働しているだけで周辺住民に生じている健康被害、処分方法が未確立なまま放射性廃棄物を大量に生み出していることをあげて、原発の稼働そのものが被害を引き起こすと述べている。

 次回弁論は、12月20日。九州電力・国が原告の主張に反論する。
 報告集会で、板井優弁護団共同代表は「いよいよ九電、国が反論する。どう勝っていくか。なぜ戦争ができなくなったのか。1945年の前と後で何が違うか。憲法ができた。ルールが変わった。公害も同じだ」と力説。「原発を止めるには、ルールを変えなければいけない。それには、国民世論を変えないといけない。福島の思いを日本全体のものにし、日本全体の思いを福島の思いにする。そのことが原発廃炉の力をつくっていく」と訴えた。

【山本 弘之】



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【参考】原発事故をめぐる各地の訴訟とその他の取り組み

2013.10.06 23:25|ほかの訴訟
【参考】原発事故をめぐる各地の訴訟とその他の取り組み

○各地の動向

 ・北海道
  ⇒ 6/21提訴。43名。国・東電。国賠法と原賠法。財物+慰謝料(1000万)

 ・宮城
  ⇒ ADR申立てのみ。27件。慰謝料部分について提訴予定

 ・山形
  ⇒ 7/23提訴。227名。国・東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料(1000万)

 ・浪江
  ⇒ 町が代理人としてADR申立て。謝罪、除染、慰謝料。町民の約7割が参加

 ・浜通り
  ⇒ 避難者(一次40名、二次181名)。東電のみ。財物+慰謝料(2000万)。
  ⇒ いわき市民(822名)。国・東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料のみ。

 ・新潟
  ⇒ 7/23提訴。354名。国・東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料(1000万)

 ・群馬
  ⇒ 9/11提訴。71名。国・東電。国賠と原賠法・民法。慰謝料(1000万)

 ・千葉
  ⇒ 一次(20名)、二次(27名)。国と東電。国賠法と原賠法・民法。
    財物+慰謝料(2000万)。
    東電の過失を審理せず。10月までに損害論の全ての立証を求める

 ・首都圏
  ⇒ 一次(8名)、二次(40名)。国と東電。国賠法と原賠法・民法。
    追加支出+避難慰謝料(月50万)。

 ・神奈川
  ⇒ 9/11提訴。44名。国と東電。国賠法と原賠法・民法。

 ・愛知
  ⇒ 6/24提訴。29名。国と東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料(1000万)

 ・京都
  ⇒ 9/17提訴。31名。国と東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料(500万)

 ・関西
  ⇒ 9/17提訴。70名。国と東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料(1500万)

 ・兵庫
  ⇒ 9/30提訴。40名。国と東電。国賠法と原賠法・民法。慰謝料(1500万)

○その他の取り組み
 
 ・福島原発告訴団
  ⇒ 不起訴→検察審査会へ。汚染水漏れで再度告訴

 ・子ども被災者支援法違法確認訴訟
  ⇒ 8/22提訴。東京地裁。19名。違法確認+慰謝料請求


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Author:BQN
東日本大震災の時に首都圏在住在勤。キヨシローの反原発ソングしか知らなかった自分を反省し、当時小3になったばかりの子供を放射能からどう守ったらよいか真剣に学ぶ。1年後、沖縄に移住。2012年12月、沖縄にいる原発避難者のための東電による説明会が行われたが、その開催に尽力したのが避難者支援の市民団体『つなごう命〜沖縄と被災地をむすぶ会〜』だった。共同代表の沖本八重美さん(2013.1.26永眠)は広島原爆の胎内被爆者ゆえ、新たな被ばくの犠牲者に対し深い共感をもって支援した。深刻かつ長期にわたる被害に対し “法廷で東電と国の責任を問う” ことが八重美さんの悲願だった。私も同じ気持ちでこの訴訟の支援を続けて行きたいと思っている。

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