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朝日新聞プロメテウスの罠 新シリーズ 「津波を争う」

2015.07.26 17:45|なりわい訴訟について
生業訴訟(なりわいそしょう)弁護団の事務局長よりお知らせです。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

朝日新聞で連載中のプロメテウスの罠の明日からの新シリーズ
「津波を争う」で、生業訴訟が取り上げられます。

一年越しの企画で、ようやく実現にこぎつけました。

久保木先生を中心とした東電の責任・事実経過班の活躍ぶりが
紹介されます。

ぜひご注目ください。

 馬奈木厳太郎



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おしどりミニ講演会 & ラジオ番組の音声動画

2015.07.25 19:04|関連情報
先日の第13回生業訴訟(なりわい訴訟)期日に参加し、ミニ講演会をやってくださった「おしどり」のお二人。

原発への批判はタブーである芸能界では様々な圧力を受け、仕事のキャンセルなども相次いだとか。

「福島の人にこそ知ってほしい」という最新マル秘情報が満載。ミニ講演会の動画です。あっという間の1時間!!

■おしどりミニ講演会@福島市 2015.7.21
https://youtu.be/xgQIydzzSVU

また、毎回裁判期日に参加していただいているジャーナリストの堀潤さんが、第13回期日当日トンボ帰りで戻って放送したラジオ番組の中で「生業訴訟」について取り上げてくださいました。

この日のゲストは「おしどり」のお二人!内容は福島県内での小児甲状腺がんの急激な増加について、取材を元に詳しくお話しされたもので、とても参考になります。

以下のURLからお聞きください。

■ラジオ番組JAM THE WORLD(J-WAVE)ゲストおしどり 2015.7.21
https://youtu.be/VOfn8Zg5ngc



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生業訴訟 第13回口頭弁論 報道まとめ

2015.07.22 13:16|なりわい訴訟報道
なりわい訴訟第13回口頭弁論に関する新聞記事(紙媒体)の内容をまとめました。

■原告側証人の反対尋問実施 福島原発訴訟
(福島民報 2015.7.22朝刊)


・原告側が求めた中谷内一也同志社大教授(心理学)の証人尋問を9月30日の次回口頭弁論で行うことを決めた。教授は「リスク認知」が専門で、原告側は原発事故で拡散した放射性物質に対する恐怖や不安について質問する考え


■「第1原発浸水は防止可能だった」生業訴訟、専門家尋問
(福島民友 2015.7.22朝刊)


・歴史地震・津波専門で元東京大地震研究所地震災害科学部門准教授の都司嘉野宣氏に対する被告側の反対尋問を行っ 都司氏は2002年に文科省・地震調査研究推進本部が発表した「長期評価」について、「長期評価を踏まえていれば、 津波で福島第1原発が浸水することは想定でき、浸水を防ぐことは可能だった」と改めて説明した

・金沢裁判長は原告側が申請した、証人尋問を採用。次回9月30日の弁論で尋問することを決めた


■「事故は防げた」都司氏再び証言 生業訴訟口頭弁論
(毎日新聞 2015.7.22朝刊)


・約3900人の福島県民らが国と東京電力を相手取り、原発事故の慰謝料と原状回復を求めた「生業訴訟」の第13回口頭弁論が21日、福島地裁( 金沢秀樹裁判長)であり、津波や高潮を研究する都司嘉宣(つじよしのぶ)・元東京大地震研究所准教授に対する国側の証人尋問が行われた

・都司氏は前回の口頭弁論で原告側の証人として出廷し、「福島県沖でも大規模な津波地震は想定可能だった」と証言。これに対し、国側は21日の証人尋問で「過去の地震をひとくくりにした検討による評価は乱暴だ」などと指摘した。


■生業訴訟「原発事故 予見できた」反対尋問に都司証人 国と東電の責任問う
(しんぶん赤旗 2015.7.22朝刊)


・この日、反対尋問した国と東電は、「長期評価」の信用性などについて質問しました。しかし、都司氏は「『長期評価』は虫できない。これを取りこんでやっていたのならば予見することはできた」と述べ、改めて国と東電の責任を問いました

・次回口頭弁論は、リスク認識の専門家、中谷内一也・同志社大教授が原告側証人として陳述します。原告側証人として5人目。原発事故のもたらした不安感を被害者はどう受け止め、認識してきたかについて立証します


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福島原発、津波予測は「可能だった」 元政府調査委メンバー証言

2015.07.21 22:59|なりわい訴訟報道
■福島原発、津波予測は「可能だった」 元政府調査委メンバー証言
(ロイター 2015年 07月 21日 19:45)

 [福島市 21日 ロイター] - 東京電力(9501.T)福島第1原発事故をめぐって福島県の住民らが国と東電に損害賠償を求めている訴訟の第13回口頭弁論が21日、福島地裁(金澤秀樹裁判長)で開かれた。

原告側証人として出廷した都司嘉宣・元東大地震研究所准教授は、福島第1に到来しうる津波の浸水高について、事故の9年前には「(シミュレーションは)可能だった」と述べ、事前の対策は実施できたとの見解を示した。

同訴訟は約4000人の原告が参加しており、福島原発事故関連では最大規模。原告側は事故原因となった大津波襲来が予想可能だったとして、国と東電の過失の有無を争点に、放射線量レベルを原発事故以前に戻すこと、できない場合に1人当たり月5万円の慰謝料の支払いなどを求めている。

被告の国・東電側は福島第1原発への大津波は予想できなかったと主張している。

都司氏は、国の「地震調査研究推進本部地震調査委員会」が2002年7月に「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価」を策定した際、委員として参加した。

同評価では「三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄り」の海域でマグニチュード8.2前後の「津波地震」(揺れに比べて津波の規模が大きな地震)が起きるなどと予想している。

口頭弁論で裁判官が「福島第1原発に到来し得る津波の浸水高のシミュレーショは、2002年の長期評価が出た直後に可能だったか」と質問したところ、都司氏は「可能だった」と述べた。

さらに、「事故以前に福島第1原発の敷地の高さを越える津波を伴う地震発生を予見できたという考えか」との被告代理人からの質問に対し、都司氏は「そうだ」と答えた。

(浜田健太郎 編集:北松克朗)



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【ブログ主おすすめ本】見捨てられた初期被曝 study2007著

2015.07.21 22:31|被曝・賠償・医療問題
読書日記:ピックアップ 「健さんを探して 最後の銀幕スターの秘密」ほか
(毎日新聞 2015年7月21日 東京夕刊)

 ■健さんを探して 最後の銀幕スターの秘密(相原斎と日刊スポーツ特別取材班・青志社・1512円)

 昨年11月に逝去した俳優・高倉健。その生き様、俳優としての歩みをかつて共演した女優の三田佳子や、映画「昭和残〓(ざんきょう)伝」シリーズをプロデュースした吉田達、歌手の八代亜紀らへの取材を通じて掘り起こす。日刊スポーツの記者による生前の2本のロングインタビューも収録している。

 ■ぼくらは「化学」のおかげで生きている(斎藤勝裕著・実務教育出版・1512円)

 人間がいかに化学物質の「法則と定理」を利用しながら生きているかを説明していく。例えば、世界70億人の人間が食する穀物の栽培を可能にした化学肥料ハーバー・ボッシュ法の誕生、半導体に太陽の光が当たると電気に変換される光電効果など。化学が人間社会に与えている恩恵が分かる。

 

■見捨てられた初期被曝(ひばく)
(study2007著・岩波科学ライブラリー・1404円)


福島第1原発事故から4年余り。

半減期の短い放射性ヨウ素の調査を放置し、

初期被曝による甲状腺がんなどのリスクを「心の問題」

にすり替えたこの国の非情を告発する。

著者は原子核物理の研究職。

匿名が科学を覆う圧迫感をうかがわせる。


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07/20のツイートまとめ

2015.07.21 03:44|なりわい訴訟について
bqnyachiyo

RT @gamayauber01: 万が一SEALDsの命脈がつきても第二第三のSEALDsが現れることを自由社会の歴史は教えている。60年安保や70年は「左の全体主義」と「右の全体主義」の激しいぶつかりあいだったが全体主義は捨てられても自由は捨てられない。自由は生まれてくる新…
07-20 23:24

RT @hamemen: 東芝の粉飾決算に関する第三者委員会の報告書。80ページ以上あります。http://t.co/c2dCN3pTTn
07-20 23:23

ʕ•̫͡•ʕ*̫͡*ʕ•͓͡•ʔ-̫͡-ʕ•̫͡•ʔ*̫͡*ʔ-̫͡-ʔ
07-20 22:38

RT @akaneco1933: ほっといたって任務が終わればヤラセの安倍下ろしが始まって辞めるだけ。民衆が引き摺り下ろした風の演出を真に受け喜ぶようでは、国民投票でも戦争でも容易く誘導されるでしょうね。
07-20 22:32

RT @strangermoscow_: 震災瓦礫を拒否すると脱原発に溝を作り心がいってまう。そういうまとめ(瓦礫広域処理の利権、でたらめな予算流用など解き明かしていた人のツイート入れず)を作って首都圏の反瓦礫を押さえ込んだ彼ら。次は若者をどこに誘導するつもり? http://…
07-20 22:32

RT @WorldKuromaku: 低線量被曝による早死は慢性疲労や過労がヘルペスを発症させる機序と同じ疲れがたまるとあちこち色々出てくる中年以降の経験をした人は多かろう放射線=電磁波による慢性疲労で潜伏持病が急速に悪化し早死する原発事故直後に高い被曝をして心筋…
07-20 22:32

RT @JunjiHattori: アメリカの最高裁長官が日本にきて、安保法案が可決するまで滞在しているようです。その間、日本の最高裁にはアメリカ国旗がたなびいているとの事 http://t.co/QkoHXVnQYL
07-20 22:32

RT @sonsolysombra: 枝野がシールズでスピーチとか。何度見ても気持ち悪い。なんであそこにいる人たちはこの4年半、何も学んでこなかったんだろう。不思議でしょうがない。
07-20 22:29

RT @2ch_NPP_info: 名無し:07/20 20:48Fibrodysplasiaフクシマは希ガスを含めてトータルで1日に560.6億ベクレルの放射性ガスを放出している。通常運転の柏崎原発7基は年間で230億ベクレルを放出するから、2.44年分の放射性ガスをフク…
07-20 22:29

RT @nikapitch: 安倍首相を叩いていいってどこからか通達でも出たのかな有名人が次々・・・・なんか、変なの。
07-20 22:29

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【原発避難者訴訟】 津波予測めぐり学者対決 元規制委委員の島崎氏ら

2015.07.19 11:24|なりわい訴訟について
■【原発避難者訴訟】 津波予測めぐり学者対決 元規制委委員の島崎氏ら
(共同通信 2015/07/19)

http://www.47news.jp/47topics/e/267248.php

 東京電力福島第1原発事故で避難生活を余儀なくされた住民が、国と東電を相手取り起こした福島、千葉両地裁での訴訟の審理が進む。訴訟のポイントは、事故の主な原因となった大津波が予測可能だったかどうか。双方が証人として立てた地震学者同士が、法廷で争う展開となっている。


 ▽地震学のリーダー
 住民側の証人は 島崎邦彦 (しまざき・くにひこ) ・東京大名誉教授と 都司嘉宣 (つじ・よしのぶ) ・元東大准教授の2人。 国側は 佐竹健治 (さたけ・けんじ) ・東大教授だ。3人は同時期に東大地震研究所で地震や津波を研究し、2002年には政府の地震調査研究推進本部がまとめた「(太平洋側の)日本海溝での津波地震発生は30年間に20%」とする長期予測の作成にも関与した。日本の地震研究をリードしてきた学者たちだ。

 住民側はこの長期予測が発表された時点で、津波対策が着手されるべきだったと主張する。
 歴史上の地震や津波の研究で知られる都司氏は5月19日の福島地裁で証言台に立ち、この予測の重大さを強調した。都司氏によると、東北地方の太平洋側では、津波の歴史記録が北部では多く、福島県を含む南部では少ないものの、震源となる海底下の構造は北部と南部で大きな違いはなく、津波を起こす地震はどこでも起きうるとした。

 さらに日本海溝では、1611年、1677年、1896年の3回、地震の揺れが小さいが、大津波を起こす「津波地震」が起きていたと指摘。この「400年に3回」という発生頻度の高さを重視したと説明した。


 ▽元規制委委員も
 元原子力規制委員会委員の島崎氏も千葉地裁での訴訟で住民側に立って証言した。
 長期予測では福島県沖での津波地震も想定していたものの、03年の中央防災会議の議論では、歴史記録のない「空白域」の津波を考慮しない方針が採用され、福島県沖の津波地震は想定から外されたという。
 島崎氏は「空白域は、近い将来に大地震が発生することを示している。考え方が基本的に間違っている」と厳しく批判した。

 東電は08年に、長期予測を基に福島第1原発での津波の高さを最大15・7メートルとの計算をしているが、島崎氏は「長期予測が公表された02年の10月ぐらいまでには計算できたはず」と指摘。これだけの時間があれば「(防潮堤建設などの)有効な対策ができたはずだ」と批判した。


 ▽反撃
 国側は10月以降の佐竹氏証言などで「反撃」を本格化させる構えだ。
 国はこれまで、福島沿岸を襲う大津波を予測する手法は、事故前には確立していなかったとして「震災と同規模(マグニチュード9)の地震や津波はもちろん、福島第1原発の敷地の高さ10メートルを超える津波も予測できなかった」としている。
  東電も「津波が10メートルを超えれば、今回のような事故に至るとは立証されていない。問題は東日本大震災と同じ、最高15・5メートルの津波を予測できたかどうかだ」などと主張。佐竹氏は法廷で、国側の主張を補強する証言を行う見通しだ。

 これに対し、福島地裁の訴訟を担当する 馬奈木厳太郎 (まなぎ・いずたろう) 弁護士は「肝心なのは、今回現実に到来した津波の高さを予測できていたかどうかではなく、敷地の高さを超える津波を予測できたかどうかだ」と、真っ向対決の姿勢だ。


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いわき市議が子ども被災者支援法基本方針の改定案撤回を要請

2015.07.18 21:23|被曝・賠償・医療問題
■子ども被災者支援法基本方針の改定案撤回を要請
(2015年7月18日 福島県いわき市議会議員 佐藤まさよし氏のブログ)

http://skazuyoshi.exblog.jp/23434816/

 復興庁が7月10日公表し8月8日までパブリック・コメントを募集している、原発事故子ども・被災者支援法の基本方針についての改定案に対して、「原発事故子ども・被災者支援法」推進自治体議員連盟、福島原発震災情報連絡センター、原発事故被害者の救済を求める全国運動 実行委員会の3団体は、7月17日、参議院議員会館で、復興庁に対して、「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針の改定(案)」を撤回し、支援法の本来の趣旨に基づいた施策を求める要請書(下記に掲載)を提出した。

 「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(以下「法」)は、「(被災者の)支援対象地域からの移動の支援」「移動先における住宅の確保」(法第九条)、「定期的な健康診断」「健康への影響に関する調査」(法第十三条第2項)、「子ども及び妊婦」や「その他被災者」への「医療の提供」や「費用負担の減免」(法第十三条第3項)等の施策を講ずることを定めている。しかし、2013年の政府の「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針」や「被災者に対する健康・生活支援施策パッケージ」は、法の趣旨から逸脱し、政府の不作為に対する被災者の不満や批判の声が広がってきた。法の基本理念に基づき、原発事故被害者の住宅・健康・保養支援の立法化と完全賠償の実現を求める国会請願が131,005筆の署名を添えて、今国会に提出されている現状にある。

 しかし、今回の「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針の改定(案)」は、線量が低減したとして、「避難指示区域以外から避難する状況にはない」と明記。「(空間線量等からは」支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」と明記し、「当面、放射線量の低減にかかわらず、支援対象地域の縮小又は撤廃はしないこととする」とし、福島県が、避難指示区域以外からの避難者に対する応急仮設住宅の供与期間を「平成29年3月末まで」としたとして、「空間放射線量が大幅に低減していること等とも整合的」とするなど、立法の趣旨に反し、被災者の切り捨てにつながる内容となっている。

ーーーーーーーーーーーーーーー
内閣総理大臣 安倍晋三 殿
復興大臣 竹下亘 殿
2015年7月17日

「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針の改定(案)」を撤回し、支援法の本来の趣旨に基づいた施策を求める要請書

        「原発事故子ども・被災者支援法」推進自治体議員連盟
        福島原発震災情報連絡センター              
        原発事故被害者の救済を求める全国運動 実行委員会

 去る7月10日、復興庁は、「原発事故子ども・被災者支援法」(以下「支援法」)に基づく「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針の改定(案)」を発表し、8月8日までパブリックコメントにかけています。
 この改定案では、「現在の支援対象地域内の空間放射線量は・・大幅に低減しており、生活圏として既に年間1~20ミリシーベルトの線量域の下方部分」として、「支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」などとし、「避難指示区域以外から避難する状況にはない」と断言しています(※1)。

 しかし、そもそも支援法は、「(原子力発電所の事故により放出された)放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない」(第1条)ことを明確に認め、支援策について、被災者ひとりひとりが「居住、他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができる」ように、「そのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない」(第2条)と謳っています。

 チェルノブイリ事故以来、世界に類を見ない深刻な影響を引き起こしている福島第一原発事故は、未だに収束せず、汚染は今もなお進行中であり、避難区域以外でも年間1mSv以上の線量を観測する地域も少なくありません。線量が「低減」していたとしても、事故前の環境放射線量と比べればその数倍を示すところも広く存在しています。線量の増加分が原発事故によって放出された放射性物質に起因したものと考えれば、こうした地域から避難し、今後も避難を継続したいと願う市民の皆さんの選択は、支援法の考え方からしても十分に根拠のあるものであり、特に小さな子どもたちを抱えている親たちにとっては切実なものと言わなければなりません。今回の改定案が依拠している考え方は、支援法の立法趣旨や立法府における認識(※2)からも逸脱しています。

 また、今回、復興庁は東京や福島で「説明会」を開催することとしています。そもそも支援法は、政府に対して「基本方針を策定しようとするときは、あらかじめ、その内容に東京電力原子力事故の影響を受けた地域の住民、当該地域から避難している者等の意見を反映させるために必要な措置を講ずる」ことを義務づけています(第5条第3項)。それにもかかわらず、基本方針策定(2013年)の際も、意見を聞くだけにとどまり、具体的な対応は見られませんでした。単なる「説明会」では、「意見を反映させるために必要な措置」の実現からは程遠いものだと言わなければなりません。支援法に基づく施策は、この間、一向に具体化されず、示されるのは既存の施策の並べ替えや、名ばかりの「支援策」に留まってきました。

 政府のこれまでの不作為に続き、今回の改定案は、当事者や支援者の想いに背き、立法府と被災者が創り上げた支援法の理念や前提を否定し、有名無実化させようとするものです。こうした考えと政府の姿勢を、私たちは認めることはできません。

 さらに、この改定案は、高すぎる基準に基づいた避難区域の解除、「自主」避難者への住宅支援の打ち切りなど、人々の願いに反した帰還政策と一連・一体のものであり、原発事故の矮小化、放射能汚染の受忍の強要そのものです。
 私たちは、この改定案と一連の帰還政策に反対し、「支援法」の趣旨を踏まえ、下記「要請事項」を緊急に強く申し入れるものです。

※註
 (1):ただし、「改定案の概要」では、支援対象地域は「当面縮小しない」としている。しかし、将来的な縮小・撤廃を前提とした方針であり、対象地域はむしろ拡大が必要
 (2)「原子力規制委員会設置法」成立時の参院の付帯決議においても、「放射線の健康影響に関する国際基準については、 ICRP(国際放射線防護委員会)に加え、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の基準についても十分検証し、これを施策に活かすこと」と明記されている。

<要請事項>
1.今回の改定案の基本的考え方を撤回し、支援法の本来の趣旨に基づいた施策をあらためて確立すること。

2.避難者の意見聴取と政策への反映を目的とした「公聴会」を、多くの避難者が生活している京都・新潟・山形などをはじめ、全国各地で実施すること。

3.「支援対象地域」については、多くの被災当事者および支援者が主張してきたように、「年間1mSv以上の地域および福島県全域」とすること。

4.福島県外でも健診や医療費の減免を行うとともに、甲状腺癌以外の癌、癌以外の疾患についても幅広く検査すること。

5.「自主」避難者も含む、抜本的・継続的な住宅支援制度を確立すること。
以上




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「津波予測できた」と証言 千葉の原発避難者訴訟

2015.07.12 21:26|ほかの訴訟

「津波予測できた」と証言 千葉の原発避難者訴訟2015/07/10 19:27 【共同通信】原子力規制委員会の前委員長代理 島崎邦彦東大名誉教授。千葉地裁に提訴された損害賠償請求訴訟においても、なりわい訴訟と同じく「津波予測できた」という専門家証言が出ました!-----<以下引用>--------
津波予測できた 専門家証言




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「原発なくそう!九州玄海訴訟」南相馬から避難した村田弘さんの意見陳述

2015.07.10 15:16|ほかの訴訟
2015年7月10日佐賀地裁で開催された原発なくそう!九州玄海訴訟の口頭弁論において、南相馬市から横浜市に避難している元朝日新聞記者の村田弘さんが意見を述べました。以下、陳述内容を転載します。

1 はじめに

 村田弘と申します。昭和17年12月、神奈川県生まれの72歳です。敗戦間近の昭和20年、父母の故郷である現在の南相馬市に疎開し、高校卒業まで暮らしました。新聞社で働き、定年退職後の平成15年、南相馬市小高区にある妻の実家に移住しました。二千坪余りの果樹園跡を開墾、農作業をしておりましたが、福島第一原発事故の避難指示により横浜市に避難しました。現在は、妻とネコ、娘夫婦と横浜市内で借家暮らしをしています。平成25年9月、神奈川県内の避難者が横浜地方裁判所に提訴した「福島原発かながわ訴訟」原告団の団長を務めています。

2 原発事故時の状況

 地震発生時、私は、町はずれにあるスーパーの駐車場にいました。スーパー入り口の鉄柱につかまって、激しく、長く続く揺れが収まるのを待ちました。店や蔵の多くが倒れ、道路からは水が吹きあげていました。1.5㎞ほど離れた山際の自宅に戻ると、畑の真ん中で妻がネコを抱いて震えていました。
約40分後には津波が襲い、南相馬市でも1000人を超える犠牲者が出ました。
 
 12日午後4時前、津波に流された母親の実家を見舞って自宅に帰ると、隣の奥さんが「原発、爆発したってよ~」と駆け込んで来て、初めて原発が深刻な状況に陥っていることに気が付きました。午後6時半ごろ、テレビに「20㎞圏内に避難指示」のテロップが流れました。私の家は原発から北西に約16㎞です。「直ちに影響はありません」という枝野官房長官の会見があり、市や町からも指示はありませんでしたので、その夜は家で津波のニュースを見ていました。翌朝、妻が「外はシーンとしている。誰もいないみたいよ」と言うので、町に出てみました。人影はなく、役場に残っていた若い人が、「みんな昨夜避難した。パニックだったよ」と呆れ顔でした。家に戻って毛布2、3枚と缶詰5、6個などを車に積んで、9㎞ほど北にある中学校の体育館に行ったのが長い避難生活の始まりでした。

3 避難、錯乱の日々

 中学校には千数百人が避難していました。毛布1枚ほどのスペースを譲ってもらい、震えながら夜を過ごしました。電話も通じず、車のラジオが唯一の情報源でした。15日深夜、初めてつながった携帯電話をとると、「逃げろ!逃げるんだ!」という声が飛び込んできました。大阪に住む元会社の先輩でした。原発の相次ぐ爆発、高濃度の放射能の放出、事態は深刻の度合いを深めていたのです。
 
 16日夜10時ごろ、避難所に駐在していた市の職員がハンドマイクで、「ここは明朝で閉鎖する」と告げました。①集団で新潟に避難する②自力で避難する③市の次の対策を待つ、のどれかを明朝6時までに選択しなさい、というものでした。私と妻は、神奈川県にいる子どもたちのところへ避難することにし、一緒にいた弟は病気だったため、医師と一緒に新潟に行くことに決めました。川崎市の長女宅に着いたのは19日の午前1時半でした。川崎、横浜と3人の子どもたちの家を転々としたあと、3月末に下の娘が住んでいた横浜市の公団住宅5階の空き室に入居、避難生活が始まりました。ネコは下の娘の所に隠してもらいました。

 新聞やテレビなどで、大熊町の施設に居た100人のお年寄りが避難途中に亡くなったこと、須賀川の有機農家、飯舘村の102歳のおじいさん、川俣町の58歳の主婦、相馬市の酪農家の相次ぐ自死のことを知りました。南相馬市の93歳のおばあさんが残した「お墓にひなんします。ごめんなさい」という遺書には、声をあげて泣きました。近所の大工さんからは「ばあちゃんが死んだ。火葬場が空かないので、冷蔵庫にペットボトルを入れて凍らせて遺体を冷やしている」との電話。妹からも「義母の遺骨を車に積んだままにしている」と言ってきました。

 原発に対する自分の甘い認識、でたらめという以外にない事故対応、相次ぐ被害者の悲惨な姿、足場を失って宙に浮いた日常などがないまぜになって、精神のバランスを失いました。妻の些細な言葉に怒鳴り返し、団地の他人の部屋に鍵を差し込もうとして叱られ、トイレのカバーの交換に30分もかかる。錯乱の日々が続きました。

4 奪われたもの

 4年余りの時が流れました。朝起きて歯を磨き、顔を洗う。新聞を読む。卵と漬物でご飯をいただく。ようやく、事故前に近い「当たり前の生活パターン」が戻ってきました。

 春と秋には自宅に帰っています。隣町に宿をとり、庭に除草剤を撒き、家の中の除湿剤を取り替え、防虫剤を炊いて帰ってきます。50個もの穴を掘って植えたモモやリンゴ、サクランボ、クリ、ブルーベリーなどは、ほとんどが枯れています。クワ1本で耕した野菜畑は、雑草に覆われています。庭師さんが手塩にかけてくれた庭の松は、伸び放題で、松ぼっくりの山です。
 
 4年前、家の中で1~2μSv、裏庭の雨樋付近で18μSvもあった放射線は、現在それぞれ0.8、3~4μSv(いずれも毎時)程度と低くはなっていますが、いぜん放射線管理区域並みです。横浜に戻ると、2~3日はぐったりしてしまいます。

 小高区は20㎞圏内で、今は避難指示解除準備区域。来春には避難指示を解除するということで、除染のダンプカーが走り、そこここに汚染土や放射性廃棄物を入れたフレコンバックの黒い袋が山積みになっています。昨年から役場や郵便局、銀行は開いていますが、町中に人影はありません。
 
 20㎞圏外の南相馬市中心部では、一見、事故前と変わらない生活が営まれ、伝統の「相馬野馬追」も復活し、マラソン大会なども開かれています。残った人たちの間では、放射能や120人を超えた子どもの甲状腺がんの話はタブーです。
地元に残る妹には、「避難していればいいんだから、いいね」と言われます。南相馬市の避難所から仮設校舎に通っている小高区の中学生は、「あっ、600万円が歩いてくる」と指差され、黙って家に帰ったと聞きました。1人月額10万円の賠償を5年分もらっている、という意味です。仮設住宅に住む避難指示区域の人たちは、スーパーの買い物にも傍目をはばかるといいます。賠償をもらって良い物を買っていると見られるから、ということです。一方的な線引きによる賠償の有無、多寡が人々の心を切り裂いているのです。

5 終わりに

 現在、神奈川県に避難している71世帯、174人で、国と東京電力に対し、損害賠償を求める訴訟を起こし、「暮らしを返せ ふるさとを返せ」と訴え続けています。加害者である国と東電は、この未曽有の災害を引き起こした責任を認めず、賠償にも誠意をもって対応しようという姿勢を見せていません。そればかりか、国はあと1年半余後の平成28年度で年間空間線量50mSv以下の地域の避難指示を解除し、避難指示区域外からの避難者に対する住宅無償提供を打ち切る、としています。
 
 被害の全容も、責任の所在も明らかにせず、事故収束の道筋さえ見えない中で、被害者に帰還か流浪かの選択を迫るものです。私は、被害者を切り捨て、事故総体を福島の石棺に封じ込めようとする「棄民宣言」と受け止めています。
正直申し上げれば、私たちの訴訟は「悲しい闘い」です。起きてしまった被害を認めさせ、最低限の償いを求めるものだからです。失われたものは戻ってきません。原発事故という人類史上最悪の核災害は、数十年、数百年から十万年の単位で、重くのしかかってきます。
 
 それに比べ、この法廷で展開されているのは、「希望に満ちた闘い」だと思います。冷静に、事の本質を見極めれば、私たちが味わっているような回復不能な損害を回避し、人間が人間らしく生きられる環境が保障される道を選べるからです。

 福島原発災害という、底知れない被害の実態に想いを致し、賢明な結論に到達されることを心から願い、私の陳述と致します。



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「原発なくそう!九州玄海訴訟」二本松市の農家根本敬さんの意見陳述

2015.07.10 15:02|原告の想い
2015年7月10日佐賀地裁で開催された原発なくそう!九州玄海訴訟(原告9396人)の口頭弁論において、福島県二本松市の農家根本敬さんが意見を述べました。「生業訴訟」の原告にもなっておられる方です。
以下、陳述内容を転載します。


1.原発事故で農民は追い詰められた

 私は、福島県二本松市で水田3ヘクタール、柿畑30アール、野菜畑20アールを耕す農民です。現在、福島県農民運動連合会(「福島県農民連」)の会長を務めています。そして、福島地裁において国と東京電力を相手に原発事故による被害の原状回復と損害賠償を求めている「生業訴訟」の原告です。私が暮らす場所は、福島第一原発から約60キロメートルの地域です。

 原発事故によって農民たちは、追いつめられています。有機農業を実践してきた須賀川市の農家は、キャベツの収穫を前に自らのいのちを絶ちました。亡くなる前日、妻に「これで福島の農業は終わりだ」と言って。相馬市の酪農家は、フィリピンから嫁いだ妻をフィリピンに戻して、黒板に「原発さえなかったら」と書き付けていのちを絶ちました。計画的避難区域に指定された川俣町山木屋地区から福島市に避難していた農家の妻が「家に帰りたい」と夫に言い残して、一時帰宅した翌日に自宅庭先で焼身自殺しました。農民にとって、土は命です。その命が放射能で傷つけられているのです。

 また、原発事故によって農民は自ら育てたものを捨てざるを得なくなっています。酪農家は、牛を殺処分し、牛舎に置き去りにし、乳を搾っては捨て、絞っては捨てる作業を繰り返しました。野菜は畑に埋めて処分し、売れない桃やさくらんぼはゴミとして廃棄しました。私たちは、自分の作った農産物を家族、特に子や孫に食べさせられませんでした。子や孫に土遊びをさせることは今でも困難です。

 私は、原発事故の年、耕作は控えようと考えていました。しかし、84歳の父から「近所の人が作っているのにどうしてうちでは作らないんだ」と責められました。ブログで「農地の汚染状況がきちんとわかるまで栽培は見合わせたほうがいい」と書くと、ある自治体の方から「お前の言っていることは風評被害を助長するものだ」と電話で怒鳴られました。私の水田の土は、1㎏あたり5020ベクレルでしたし、現に作物の根からも葉からも放射性物質は出ているのです。私はこう言いました。「風評ではありません。実害です。私たちの農地や作物は放射能で汚染されています。その実態も把握されていません。汚染状況の確認が先です。」すると彼は「作らないで賠償は出ないだろう」と言って電話を切りました。

2.それでも農民は「大地を受け継ぐ」

 翌年、私は米の栽培を再開することにしました。放射能の汚染状況はまだ十分に把握できませんでしたが、自分たちで線量計や検査機器をそろえて大まかの状況が分かったのと、父との関係からでした。出演したラジオ番組で、京都大学の小出裕章さんからこういわれました。「根本さんにはそこに住んでほしくない。」私は、こう応えました。「うちの父は84歳です。この父をこれ以上悲しませたくないんです。84歳の父にここを離れろとはいえません。何も作るなとは言えません。生まれた地で生きて、生まれた地で死んでゆく。その選択ぐらいさせたい」と。

 この6月に国は、帰宅困難区域以外の避難地域をあと2年ですべて解除し、賠償も打ち切る方針を出しました。生活も生業の見通しもない中で、「帰るか帰らないかはあなたの自由です」というのです。福島切り捨てです。
農民は、いまも葛藤しながら作物を作っています。土壌が汚染されたとはいえ、土を耕し、作物を育てなければ、農地はダメになってしまいます。私たちは、20年後も30年後もこの地に生きるしかありません。荒れ果てた農地には生きられません。

 農民は、本来、作った作物を“美味しいから食べてくれ”と渡します。しかし、いまは“美味しい”の前に、“安全だから”とか“未検出だから”という言わざるを得ません。なぜ農民が、こんな言葉を自分たちで言わないといけないのか。東電がまき散らした放射能のために。
 土を守るということと、人の口に入る物を作っているということとの間での、私たち農民のジレンマは解決の糸口をいまだ見出せません。

3.「引き受けるべき責任」と「背負わされる覚悟」

 私は、今考えていることがあります。それは、法的責任とは別の意味で、大人にとっての「引き受けるべき責任」と、子どもたちに強いる、子ども達にとっては「背負わされた覚悟」です。
原発事故の法的責任は、私たちが負いきれるものではないし、かといって誰も責任を負わず問われない社会は「堕落」です。その責任を果たすべきは原発事業を進めてきた国と事業者である電力会社です。そうでなければこの社会は、堕落し続け成り立たないと思います。

 他方、原発立地地域の人たちは、「原発補助金」を代償に「ふるさと、生業」を失う責めを引き受けざるをえません。故郷を追われ、賠償を巡って、福島県民からも陰口を言われ、いまだ自らの未来を描くこともできないでいます。
私たちは事故が起きて初めて、事故に直面して初めて、被害を蒙りつつ、「引き受けるべき責任」というものを自覚します。残念ながら、原発立地地域の多くの人々にとって、事故を「予知」することは困難であり、当事者になって初めてその辛酸をなめさせられます。今後も日本が原発に依存するのであれば、国、県、市町村、事業者、裁判所、そして「大人」たちにその責めを引き受ける覚悟があるのかと問いたいのです。

 全村避難を余儀なくされた飯舘村の女子高校生が、村民集会で「私が子どもを産んで、その子どもに何かあったときに保障してくれるんですか」と東電の副社長に迫りました。答えはありませんでした。
原発事故の起きた年の8月に私は飯舘村の中学生とドイツに行きました。彼らは原発の是非について一切語ろうとしませんでした。現地のフライブルクで原発反対のデモがありました。このデモへの参加を巡って、飯舘村教育委員会からは、色よい返事がありませんでした。私は、自由参加にしました。引率の先生方は参加しませんでした。でも、子どもたちは、こもごもの出で立ちでパレードに参加しました。彼らは、「背負わされた覚悟」を引き受けようとしたのだと思います。
 原発事故で被害者にさせられた福島の私たちの責任とは何か。あるいは、原発事故後に日本に生きる大人たちの責任とは何か。

原発事故の法的責任を明確にさせ、被害の救済をきちんとさせること、そして次の世代に私たちの責任を転嫁せず、原発の再稼働を許さず原発ゼロにすること、私はそのために全力を尽くすつもりでいますし、そうした想いからこの裁判の原告となりました。

 裁判所におかれましては、福島の農民の姿をしっかりと見ていただきたいと心から願っています。ワンモアフクシマの地にならないために。



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精神的損害(30) 実態即した対応を 拙速幕引き 反発必至

2015.07.10 14:36|被曝・賠償・医療問題
■賠償の底流-東京電力福島第一原発事故
第4部 精神的損害(30) 実態即した対応を 拙速幕引き 反発必至
(2015/7/10 福島民報)


【写真】
居住制限区域と避難指示解除準備区域の精神的損害賠償に関する東電の発表文

 東京電力福島第一原発事故に伴う居住制限区域、避難指示解除準備区域の精神的損害賠償を避難指示の解除時期に関係なく平成30年3月まで支払い続ける方針を示し、生活再建や帰還を促す動きを見せる政府。一方、政府の思惑と現実の暮らしのはざまで揺れ動く住民がいる。原子力災害の損害賠償に詳しい大阪市立大の除本(よけもと)理史教授(43)は取材に応じ被害実態に即した賠償の必要性を訴えた。


 -精神的損害賠償の見直しは妥当、適正な判断だったのか。

 「(政府の復興指針改定は)賠償格差の是正というより基本的に帰還促進策だ。賠償は本来、被害者の権利回復のためになされるものであり、政策的意図により賠償の在り方をゆがめるべきではない。被害実態に即した賠償こそ必要だ」

 -賠償の見直しによって避難指示の解除や復興は進むのか。

 「政府としては避難指示解除に関する自治体、住民との協議は進めやすくなるだろう。しかし、避難者の生活再建や人間の復興につながるかは疑問だ。意向調査を見ても、帰還を望まない住民は少なくない。放射性物質による汚染やコミュニティーの喪失などさまざまな理由がある。戻れない事情に丁寧な対策を取らなければ真の復興はあり得ない」

 -賠償の打ち切りと避難指示解除とを連動させることをどう考えるか。

 「政府の改定指針は避難指示解除時期を賠償終期と部分的に切り離すとともに、賠償の打ち切りを言明することで、大枠としては『賠償収束』宣言という性格を持つ。改定指針は生活・生業の再建支援策を強調しているが具体的な内容は明らかでない。賠償と復興過程を対立的に捉えるのではなく、復興を進めながら、なお残る被害に対して適切な賠償を実施すべきだ」

 -賠償の見直しで住民間の摩擦が深刻化するとの指摘もある。

 「改定指針で賠償格差が是正されるわけではない。避難指示区域内で精神的損害の賠償額を均等化すると、今度はその外側の旧緊急時避難準備区域などとの格差が広がる。賠償に差があっても、汚染状況などの被害実態と合っていれば納得が得られるはずである。被害実態とずれているから不満が高まる」

 -賠償をめぐる課題をどう解決していくべきか。

 「原子力災害からの復興には長い時間を要する。拙速に幕引きをしようとするほど、むしろ問題をこじらせてしまう。政府も東電も、長期の復興過程にきちんと向き合う姿勢が求められる。しかし、被害者の権利回復と原子力災害からの復興を、賠償制度の改善だけで実現できないのも明らかだ。医療や健康、福祉、住居、就労などさまざまな面での支援措置と、賠償制度を適切に組み合わせて、総合的な対策をつくり上げることが必要となる」



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33市町村の指定継続へ 子ども・被災者支援法改定案

2015.07.05 23:55|被曝・賠償・医療問題
■33市町村の指定継続へ 子ども・被災者支援法改定案
(2015年7月3日 福島民友)


政府は2日、東京電力福島第1原発事故の被災者支援を明記した「子ども・被災者支援法」の基本方針の改定案を固めた。重点的な支援政策を行う「支援対象地域」については、本県の避難区域を除く浜通りと中通りの計33市町村の指定を継続する。会津も引き続き「準支援対象地域」に位置付け、政策ごとに対象範囲に組み込む方針だ。

改定は、政府の2016年度以降の復興政策の新たな枠組みが固まったこと、県が自主避難者らの応急仮設住宅と民間借り上げ住宅の無償入居期間を17年3月末までで打ち切る方針を決めたことを受けての対応。

「支援対象地域」は、同法で「放射線量が政府の避難指示が行われるべき基準(年間積算線量20ミリシーベルト)を下回っているが、一定の基準以上である地域」としている。

県内33市町村の空間線量は時間の経過とともに低下傾向にあるが、政府は対象地域の住民が県外避難先から帰還を判断するには「一定の期間が必要」として指定を継続する考えだ。




原発事故の被害は福島県内33市町村だけじゃないのに、
はなっから福島県外を対象にしようとしない。
法の理念と異なる運用し続ける霞ヶ関。
原発事故が起こると理不尽なことばかりだ。





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【栃木】甲状腺検査を受ける子どもら=益子町で

2015.07.05 21:44|被曝・賠償・医療問題
■【栃木】益子で甲状腺検査 民間団体、県東部で初めて
(2015年7月5日 東京新聞)

 東京電力福島第一原発事故による放射能汚染を受け、民間団体による集団甲状腺エコー検査が四日、益子町の真岡鉄道益子駅多目的ホールであり、幼児から十八歳までの約百人が受診した。児童を対象とした大規模な甲状腺検診が、県東部で行われるのは初めて。

 検査したのは、寄付などを基に甲状腺検査を続ける住民団体「関東子ども健康調査支援基金」(茨城県守谷市)。益子町周辺の保護者有志が、基金に呼び掛けて実現させた。事故当時、ゼロ歳から十八歳だった子を対象とし、筑波大付属病院放射線科の田中優美子医師が検査に協力した。

 中心となって検診を企画した地元農家の丸山智子さん(37)は、原発事故前に生まれた七歳と五歳の子を育てている経験を踏まえ、「事故直後は放射能の情報が不足していた。万一のことを考え、地元で継続的に子どもの健康を検査する仕組みが必要と感じた」と語った。 
(大野暢子)



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<被ばく線量>避難誘導者、上限引き上げ 再稼働に備え検討

2015.07.05 10:24|被曝・賠償・医療問題
■<被ばく線量>避難誘導者、上限引き上げ 再稼働に備え検討
(毎日新聞 2015年6月30日)


被ばく線量の上限
 政府は、原発事故時に周辺住民の避難誘導や物資の輸送などに当たる地方自治体職員やバス運転手らの被ばく線量の上限を、現行の年1ミリシーベルトから引き上げる方針を決めた。東京電力福島第1原発事故では、現地対策本部に必要な職員らが集まらず避難や物流に支障が出た。原発の再稼働に備え、住民の着実な避難を進めるため上限の新たな基準を設定するものだが、原発周辺自治体では人員確保への懸念が広がりそうだ。

 来月にも内閣府に作業部会を設置し、新基準の検討を始める。引き上げの対象は、警察や消防以外の地方公務員のほか地元のバス、トラック運転手ら。

 原発事故時に住民避難の誘導などに当たる人員は、旧原子力安全委員会がまとめた見解(1999年)で、原発事故時の「防災業務関係者」と位置付けられた。このうち警察、消防、国家公務員などは省令などによって一般住民の被ばく上限(年1ミリシーベルト)を超える上限(緊急時100ミリシーベルト)が設定されている。一方、地方公務員や運転手らには、現在は被ばく上限の特別な基準はなく、緊急時も一般住民と同じ基準が適用される。

 作業部会は、山下俊一・長崎大理事ら有識者7人で構成。内閣府や厚生労働省、原子力規制庁のほか、日本バス協会などの業界団体も加わる。福島事故時に敷地外で活動した自治体職員らがどの程度被ばくしたかなどを検証、それを踏まえて内閣府と厚労省が具体的な数値を決める。

 被ばく上限の基準は、他に緊急時の原発作業員が100ミリシーベルト、除染作業員が年50ミリシーベルトなどと定められている。旧安全委の見解では、緊急時の防災業務関係者の上限を「50ミリシーベルトが適当」としていたが、基準決定前に福島事故が発生した。内閣府の担当者は「汚染が比較的高い場所で活動する可能性があり、効率的な避難誘導のためにも新たな基準が必要だ」と説明する。


 ◇鹿児島県のバス会社「変更なら協力見直す」

 政府は九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)など、原子力規制委員会の安全審査に合格した原発の再稼働を進める方針だ。川内原発の避難計画は昨年9月、政府の了承を受けたが、避難バスの手配や避難住民の除染態勢を巡って地元との調整が続いている。被ばく上限の引き上げは、これらの調整に影響を与える可能性がある。

 原発の避難計画は国の審査の対象外だ。このため、政府は策定を支援するだけで地元自治体が責任を負う。安全審査を申請した川内原発以外の各原発では、各自治体が避難計画をまだ策定中で、審査に合格した関西電力高浜原発(福井県)も完成していない。

 以前から原発事故時に大量の住民が避難する移動手段の確保は、避難計画のカギを握るとされてきた。職員の被ばく防護対策の充実という課題もある。難題が山積する中、避難住民の誘導を担う地方公務員らの被ばく上限が引き上げられることになれば、地元の反発を招きかねない。

 今夏の再稼働を目指す川内原発で調整が難航すると、避難計画自体の見直しを迫られる可能性もある。政府は現在、上限を年1ミリシーベルトとする前提で、地元のバス会社などに協力を要請している。鹿児島県のバス会社は毎日新聞の取材に「『1ミリシーベルト』が引き上げられるなら、協力するかどうかゼロベースで見直す」と話す。
【酒造唯】



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生業訴訟 第13回口頭弁論期日のお知らせ

2015.07.01 12:45|なりわい訴訟について
【原状回復・ふるさと】第13回口頭弁論期日のお知らせ

『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』福島原発事故訴訟の第13回期日が
平成27年7月21日午前11時(福島地方裁判所)に行われます。

今回の第13回期日では福島県沖の地震や津波についての知見、長期評価等について、都司先生に対する被告らからの反対尋問及び補充尋問が行われます。
裁判所に原告の声を届けるためにも、多くの方にお集まりいただけますよう、お願いいたします。

『生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!』福島原発事故被害原告団・弁護団は、第13回期日にあわせて、下記の日程でデモ行進・講演会・報告集会を行う予定です。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

○11:30 あぶくま法律事務所前に集合(福島市松木町7-17)*

〇12:00 集会

○12:30 裁判所へデモ行進

〇13:00 裁判傍聴(福島地裁)
        13:00 都司先生反対尋問(国・東京電力)
        15:00 都司先生再主尋問(原告)・補充尋問(裁判所)
        16:00 弁論

       or

○13:30 講演会(文化センター小ホール)
        13:30 藻谷浩介さん講演会
        15:45 原告団紙芝居
              ①見えない雲の下 ②さえずりの消えた街
        16:45 おしどりマコ&ケンさんミニ講演会

○17:30?報告集会*(音楽堂)
       実際の法廷での様子を報告し、今後の活動にむけて意見交換を行います。

----------------------------------------------------------------------------------------------------
デモ行進・講演会・報告集会は、原告の方、原告以外の方、どなたでもご参加も大歓迎です。
お気軽にお越し下さい。

*集合時間は11時30分となっておりますが、期日自体は10時10分より傍聴券が交付され、11時から反対尋問が行われます。

*報告集会の開始時間は第13回期日の状況によっては開始時間が変更される可能性がありますので、ご了承ください。


↓ちらしはこちらをクリック

CCI20150624_00000.jpg

今回の裁判についてわかりやすくまとめた
↓「今日のみどころ 聞きどころ」

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BQN

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東日本大震災の時に首都圏在住在勤。キヨシローの反原発ソングしか知らなかった自分を反省し、当時小3になったばかりの子供を放射能からどう守ったらよいか真剣に学ぶ。1年後、沖縄に移住。2012年12月、沖縄にいる原発避難者のための東電による説明会が行われたが、その開催に尽力したのが避難者支援の市民団体『つなごう命〜沖縄と被災地をむすぶ会〜』だった。共同代表の沖本八重美さん(2013.1.26永眠)は広島原爆の胎内被爆者ゆえ、新たな被ばくの犠牲者に対し深い共感をもって支援した。深刻かつ長期にわたる被害に対し “法廷で東電と国の責任を問う” ことが八重美さんの悲願だった。私も同じ気持ちでこの訴訟の支援を続けて行きたいと思っている。

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