福島県郡山市の死者数10.1%増、原発事故5年目の3-11月、相馬・南相馬は別

2015.12.11 16:07|関連情報

 福島県郡山市が11月中の人口動態を発表しました(1)。それを集計する3-11月の死者数は  原発事故前年(2010年3-11月) 2,130人  原発事故5年目(2015年3-11月)2,345人で10.1%増えています。偶然に起こる確率を計算したら0.13%なので偶然とは思えません。 福島県の発表(2)を3-10月まで集計すると相馬市・南相馬市の死者数の合計は  原発事故前年(2010年3-1...
福島県郡山市の死者数10.1%増、原発事故5年目の3-11月、相馬・南相馬は別


個人ブログ:めげ猫「タマ」の日記 さんより福島県中通りの中核
をなす郡山市の人口動態についての記事があがっていました。

行政からの発表は原発事故との関連で考察されることがまずないし、
福島の復興にマイナス要因となるような報道は抑制されているため、
このような情報の解析は今や個人の発信だけがたよりです。



関連記事

荒木田岳さんゆんたく学習会@那覇(2015.11.22)

2015.12.03 21:55|被曝・賠償・医療問題

「つなごう命~沖縄と被災地をむすぶ会~」主催で、 福島大学
 准教授の荒木田岳さんに講師をお願いした「ゆんたく学習会」を
 沖縄県那覇市で開催しました。

「ゆんたく」というのは沖縄の言葉でおしゃべりをすること。

 公民館に集まりのんびりした雰囲気で、原発事故後の福島県での
 被ばく問題について貴重なお話を伺うことができました。

 荒木田さんがつけた講演のタイトルは

 『福島原発事故と「脱ひばく」の課題』で、

 レジュメ2ページと、福島の地元紙の記事や広告などがたくさん
 掲載されたA3資料4枚を、この会のために準備してくださいました。

 以下、ブログ主のメモです。




■はじめに

《自己紹介に代えて》

・石川県金沢市出身。新潟大学に進学するが、在学中に
 新潟県巻町への原発建設反対運動に成り行きでどっぷり
 2年間関わることに
 今でも住民運動の経過をまとめたファイルをもっている

 参考:住民投票で巻原発を阻止した住民運動
 http://daemon.co.jp/~nagai/kenminkaigialles/fujimaki.htm

・父親は北陸電力の社員で反原発だった

・「脱ひばく」は行動しないと意味がない
 まず自分が被ばくしないよう汚染地から逃げることが大事
 自分は要するに「火事場から逃げ遅れた人」である

・逃げられなかった一番の理由はローンの返済があったから
 (家族で住む家を建てる予定の土地と自身の奨学金)

・妻子は事故直後からすぐ新潟に避難させ自身も住民票は
 新潟に移転

・今年はこうやって人前で話すのがまだ「3回目」
 原発事故による避難や被ばく問題の風化を実感している



《前提として》

原発事故の問題は「エネルギー問題」でも「復興問題」
でもなく、「被ばくの問題」だということ

 
ごく簡単な科学や医学の知識で、すでに取り返しの
つかない事故が発生してしまったということ


問いたいこと:

被ばくにメリットはあるのか?

メリットがないなら、なぜその強要を正当化しているのか?

なぜ「被ばくしたくない」という者に “科学的な根拠を示せ”
というのか?




■『美味しんぼ』騒動について

・取材を受けたのはマンガが発表される2年前だった

・自分の伝えたことと微妙にずれて掲載されており戸惑った
 が、作者である雁屋哲氏への官民あげてのバッシングが
 熾烈だったためその時は沈黙した
 (コミックス版には自分が申し出て訂正された内容が掲載)

・「美味しんぼ」福島の真実編のバッシングに連動して自分
  には「公職追放」が起こり、今まで就いていた役職など
  を失った

・これらを語る荒木田さんの顔にはたとえようもない苦労の
 跡が見受けられ、辛い気持ちになった。福島で教員をしな
 がら「脱ひばく」を訴えることは、針のむしろに居続ける
 に等しいことのように思えた



■現在進行形の被曝〜現状〜体験的被爆生活

・放射能は「厄介で手に負えないもの」
 無用な被曝は避けるに越したことはないものである

・政府が定めた事故前の安全基準を政府の実測データに
 あてはめると、東日本の広い地域において「人が住め
 ない」ということになるはず

・しかし「汚染地」には多くの人々が被ばくに無自覚な
 まま暮らす

 

・福島県およびその近隣都県民のほぼ全員が

 「自分がどれだけ被曝したか」を知らず

 「それがどのような影響(結果)をもたらすか」
 についても知らず、

 裏付け調査すらなされていない状況が続く

・ゆえに、今行われている「ここまで安全」という
 議論には、実は意味がない




・政府は内部被曝を意図的に無視することにより、
 ガンマ線のみの空間線量を測り、除染で下がった
 数値をもとに「住めること」にするやり方で、
 汚染の高い地域を安全なことにしている




・放射能汚染というのは外部被曝(外部にある放射性
 物質から出る放射線をあびること)よりも、空気中
 にある放射性物質を含んだチリを呼吸や皮膚から
 取り込むことに、より大きなリスクがある


 
・「切り干し大根の放射性物質による二次汚染とその原因」
  (加工時の放射性物質の動態)という福島農業
  総合センターの調査結果もあり、福島県は事実を把握
  している



・行政が環境放射能のモニタリングを地上8mでやって
 いるので
「子どもが生活する地上50㎝“でも”やってほしい」
 と頼んだがなかなか対応してもらえず、やっとやり出した
 と思ったら数値は非公開...
 住民にリスクの実態を知らせようとしない


・東電の安全マニュアルによると「全面マスク」が必要な
 汚染のある場所に100万人以上住んでいる、人類史上
 初の事態


・現地にとどまって右から左まで「オール福島」で復興
 という全体主義になっている


・「オール福島で脱原発」なのに被ばく問題はスルー


・福島県民の生命や健康を心配して活動すると
 「余計なことするな!お前が風評被害をつくっている!」
 とバッシングされる状況が続いている



・福島県職員の採用試験(H24年度)に「思想調査」
 の論文課題

「福島県外への人口流出が見られるが、この問題に対し今後
 どのように取り組むべきか、あなたの考えを述べなさい」

 ⇒流出を防ぐことが県職員の職務と想定した出題?

・福島市では、事故による放射性物質が含まれない県外の
 食材を積極的に使ったお店は嫌がらせを受けてほとんど
 潰れた。自分の知る範囲では、残ったのは広島出身の人が
 経営するお好み焼き店のみ

・電通が仕掛けた東北復興アピールのための「東北六魂祭」
 東北6県の代表的な祭のパレードや福島県内の伝統芸能
 などを紹介するイベントだが、震災も風化するなか費用
 をかけて復興アピールを続ける必要もなくなってきたよう
 で今年は開催が危ぶまれたが、山形の強い希望で開催が
 決まった
 http://www.rokkon.jp/about/index.html


■何がこの現状をもたらしたか 〜避けられた「被曝」

《政府・福島県の対応からわかること》

・原発事故は正確に進捗する性質があるため、対策も細かく
 決まっていた。官僚は法律に触らずに「ガイドライン」
 「指針」などで決まりを作っていることが多く、原発事故
 にもそれがあった

・2007年出版 松野 元 (著)
「原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために」
 に詳しい

・「原子力災害法」により、“予防原則”で対応することが
 決められていたにもかかわらず、実際に事故が起きたら
 そのような対応は取られず

・福島県のモニタリングチームは爆発前にテルル132という
 核種を検出(メルトダウンしなければ出ない)
 
 ⇒福島県はメルトダウンが起こっていることを知っていた
  しかし、住民避難の指示は出さなかった

・2011年4月半ば〜 個人に線量計が届き始めた。個人が
 測定を開始して流れが変わってきた。行政の発表とは全然
 ちがう数値が出たため、複数のメーカーの放射能測定器の
 数値を比較しながら、福島市の線量計「はかるくん」は数値
 が低めに出ることがわかった

・原子力安全保安院(現在の原子力規制委員会)によるメルト
 ダウン否定が意味するもの

 
 ⇒福島では政府の救助を待っていたが、政府は
  「福島問題から社会を守るために必死」だった...

 ⇒「なるべく被害を小さく見積もるために」
  大多数の住民を現地に留め置く選択をした

 ⇒福島県はいち早く放射線リスクアドバイザーを招聘し、
  県内で講演させた。各種データを隠蔽し、ときにねつ造
  さえした

・2011年3月14日 
 住民のスクリーニングレベル引き上げ
 13000cpm ⇒ 100000cpm
 (使用していた測定器の最高値まで引き上げた)

・同時期に、福島県立医大の職員にだけ「ヨウ素剤」配布
 この件は福島では直後から明らかになっていたが、
 現地で黙殺された
 (共産党議員に追及を頼んだがやってもらえず)


《子どもたちへの対応》

・福島県教育委員会は2011年3月末、線量計測もせず
 4月6日〜8日からの授業再開を決定

・同年4月10日には文部科学省が
 「年間20ミリシーベルト」基準を子どもに適用

・子どもを避難させると親までついていく=親を留め置く
 には「子どもを留め置く必要がある」との判断から
 このような基準が作られた

・保護者が心配し声を上げてから学校は放射能測定を開始


《除染について》

・放射能を心配する親たちが自主的に除染を始めるように
 なった

・2011年5月〜6月ごろまでは大学のトラックを使って
 除染していると
 「無用に市民の不安を煽るから除染はやめろ」
 と大学にクレームが来た。当時クレーム対応していた上司
 はその後白血病になり入院したまま

・2011年夏ごろから「除染すれば住める」として除染を
 推奨するように変化し、秋から「官製除染」が始まった


《給食の問題》


・牛乳問題⇒
「給食で使用して安全をアピール」というやり方が
 農協会長や市議会議員などによって推進されるようになる

・産品の一部、しかもセシウムの数値のみ測定した数値が
 事故後に跳ね上がった基準値より相対的に低いことに
 よって「安全」とする手法がとられる。事故前の福島県の
 生乳は検出されても「0.01ベクレル」程度の汚染だった
 ことを考えると、20ベクレルでも2000倍

 
 
■福島をめぐる議論の非対称性 〜「復興」を問う


・多様な考え方を抑圧する「復興」論
 議論も、お金も、その他の支援策も、福島への「帰還」、
 福島は安全、食べて応援…という方へと向かう。
 cf.研究費も…
 (福島大学は空前の研究費バブルが起きている)

・「死の町」「美味しんぼ」…と
 「冷温停止状態」「完全にコントロール」
  の対比で考える各種の印象操作
 
 ⇒一方には官民あげての猛烈なバッシング、
  後者の「嘘」はおとがめなし

・体験的「自主避難」
 避難者への非難、「隠れ避難者」問題
 ⇒福島市は、県外へ避難した児童へ広域保育の依頼を出して
  くれなかったが、その対応のせいで住民票を移す人が増え
  た結果、出すようになった

・帰還問題を考える
 人の動き:2011年と2013年の比較で/土地の線引き
 ⇒新たな「自主避難者」が発生

・匿名の調査をすると福島市では「今からでも避難したい」
 という人が1/3いる



■脱被曝を実現するために

・「脱被曝」とはどういうことか?
 (おおよそ「はじめに」で確認済み)


・なぜ「みんなの」脱被曝なのか?
 食べて応援、産地偽装、ガレキの広域処理

… すべて現地に人々がとどめ置かれていることに
 端を発している

・「風評被害」??
 政府のセシウム安全基準値100Bq/kgは、刈羽原発では
 ドラム缶に入れて管理する「放射性廃棄物」
 (朝日、2012/04/20)

・対岸の火事ではない
 沖縄における問題…
 「食べて応援」「産地偽装」「外食産業」問題etc.
 原発事故前から、福島産米の主要な販売先であったこと

・沖縄の方がもともと持っている弱い立場の人を思いやる
 優しい気持ち「ちばりよ 東日本!」という気持ちが災い
 
 ※2015年現在も沖縄食糧の独自安全基準値は
  30ベクレル
 http://www.okishoku.co.jp/kensa_taisei.html


・「食べて応援」は内部被曝と引き換えに東電の賠償を
 減らす応援の形
 
・キャンペーンが必要なのは汚染地帯で生産されたものを
 消費者が避けて競争力が下がっているから

・「産地偽装」に対する罰金は1回につき30万円であり、
 儲けが大きい業者にはたいした額ではない

・「生産物のセシウム汚染さえなければいいのか」という問い
 買う人がいて売り上げがあれば賠償請求もできない
 農民の被ばく労働についての想像力をもってほしい


■おわりに

・福島原発事故は、東日本に未曾有の「環境汚染」を
 もたらしたもの
 
 何よりもまず、人々が被曝し続けている現状を変えて
 いかなければならない  cf.オール福島で復興

・甲状腺癌の状況~問題提起に代えて
 放射線由来とそうでないとを問わず(静かに広がる動揺)
 
・福島大学の同僚は50代で急死
 静かに人が死んでいっている

・ 一緒に「脱被ばく」を!
 
 沖縄の方へ:
 
 福島(放射能汚染の高い地域)に避難者を返さない
 帰りたくない人のサポートをお願いしたい(了)


追記:

☆ ゆんたく会での沖縄の方のお話 ☆
 
「私たちが福島を助けなかったら誰が助けるの?」
 という気持ちで福島産を応援していたころ
「NO!福島米」という運動をやっている人たちを
 たまたま県庁で見かけて不思議に思ってたー。
  
 今日のお話を聞いてわかった。
 福島と沖縄、まったく同じよ。

 「わったーうちなーよ!」

 「わったーうちなーよ!」
 
 ...と私たち、いつもいつも自分たちの置かれた状況を
 嘆いてきた。今は、北部(辺野古)を思うと苦しい。

 原発事故の問題も、国が人々の日々の暮らしを壊し、
 一部の地域に負担を押しつけ、それ以外の地域の
 人が無関心になるようにしているのが沖縄と同じ。

 これからは、会った人に必ず話すようにするよー。



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自主避難男性へ、賠償仮払い継続 京都地裁、東電に命令

2015.12.01 22:16|ほかの訴訟
■自主避難男性へ、賠償仮払い継続 京都地裁、東電に命令
( 2015年03月31日 京都新聞)


 東京電力福島第1原発事故で福島県内から関西地方に自主避難中の40代男性が賠償金の仮払いを申し立てた仮処分の決定で、京都地裁(山田智子裁判長)が30日までに、昨年5月に続き、東電に半年間、仮払いを延長するよう命じたことが分かった。金額は月40万円で、決定は27日付。前回決定は昨年5月から1年間の仮払いを命じていた。

 前回の決定は、原発事故の賠償を求めて裁判中の自主避難者に対して東電が仮払いするよう、裁判所が命じた全国初のケースだった。今回は半年間延長されたものの、自主避難者にとって低線量被ばくへの懸念で帰還が望めず裁判も長期化する中、生活保障に課題が残されている。

 代理人の井戸謙一弁護士によると、男性の妻は今回の決定を「福島に帰る選択を考えたが、今の生活を続けられる」と受け止めているが、仮払いが終わる10月以降、生活困窮に陥る可能性がある。井戸弁護士は「実情に応じた決定。早期に判決を得て生活保障をかなえたい」と話す。

 決定では、男性が避難後に患った精神疾患は「自主避難による生活基盤の喪失や心理的負担が要因」と判断し、原発事故による休業損害を認めた。男性は精神疾患で働けず妻も育児で就労困難だとして、仮払いが必要と結論付けた。

 東京電力は「異議申し立てするか否かは、決定内容を精査した上で対応する」とコメントした。



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原発事故後の酪農家自殺、東電と遺族が和解 東京地裁

2015.12.01 16:27|ほかの訴訟
■原発事故後の酪農家自殺、東電と遺族が和解 東京地裁
(2015年12月1日 朝日新聞)


 東京電力福島第一原発の事故から3カ月後、「原発さえなければ」と書き残して自殺した福島県相馬市の酪農家の男性(当時54)の遺族が、東電に慰謝料など約1億2800万円を求めた訴訟は1日、東京地裁(中吉徹郎裁判長)で和解が成立した。遺族の弁護団によると、東電が遺族に和解金として数千万円を支払う内容。東電側の謝罪の文言は盛り込まれなかった。

 男性は酪農家の菅野重清さん。2011年6月、自分の酪農場の小屋で自殺した。妻バネッサさん(37)らが「原発事故が自殺に追い込んだ」として13年5月に提訴していた。

 訴訟で東電側は「自殺の原因は男性側にある」と争う姿勢を見せていたが、この日にあった地裁の協議で和解が成立した。弁護団は「政府の避難指示区域外の相馬市の事案で和解したことは意義がある」としている。

 バネッサさんは「和解内容は十分満足できるものではないが、生活も厳しく、小さな子どもたちのために一日も早く平穏な生活を取り戻すために、早期に解決することにしました。私たちのような悲しいことが二度と起こらないようになってほしいと思います」とのコメントを出した。

 東電広報室は「菅野様がお亡くなりになられたことについて、心よりご冥福をお祈りいたします。訴訟の詳細については、コメントを差し控えさせていただきます」としている。


■東電福島原発事故で 「原発さえなければ」との書置きを残して自殺した酪農家遺族。東電と和解、数千万円支払い
(2015-12-01各紙)


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東京電力福島第一原発事故の影響で、将来を悲観して自殺した相馬市の酪農家、菅野重清さん=当時(54)=の妻ら遺族が東電に対して約1億2800万円の損害賠償を求めていた訴訟で、和解が成立した。

 東電を訴えていたのは、菅野さんの妻、バネッサ・アボルドさん(37)と息子ら遺族。菅野さんは乳牛約40頭を飼育する牧場を経営していたが、事故後、放射性物質の影響で原乳の出荷を停止し、飼っていた乳牛の大半を手放さざるを得なかった。

 その後、フィリピン国籍のバネッサさんが子どもたちと一時帰国中の2011年6月10日、牧場内の小屋で自殺しているのを発見された。牧場建物の壁には、「原発さえなければと思います。仕事をする気力をなくしました」と書き残した。福島での悲劇の象徴的なケースとして人々の記憶に残った。

 バネッサさんらは、2013年3月に東電を相手に、訴訟を提訴、2年半以上、争ってきたが、今月1日、東京地裁(中吉徹郎裁判長)で和解が成立した。



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原発避難訴訟、長女の作文朗読「家族がおかしくなった」/埼玉

2015.12.01 00:48|ほかの訴訟
■法廷・取材帳:福島第1原発事故 原発避難訴訟、長女の作文朗読「家族がおかしくなった」 /埼玉
(毎日新聞 2015年11月28日 地方版)


 ◇幸せ奪われた人の現実、訴えたい

 東京電力福島第1原発事故から4年8カ月余りたった25日、福島県いわき市から長男(10)と長女(8)を連れて県内に自主避難している河井加緒理さん(34)が、さいたま地裁の法廷で、今も続く避難者の厳しい現状を訴えた。

 原発事故で福島県内から埼玉に避難している河井さんら7世帯22人は、国と東電を相手取り約2億4000万円の損害賠償を求めている。25日に第1回口頭弁論があり、河井さんが意見陳述した。

 河井さんは震災から3日後の3月14日、自宅のあったいわき市を離れた。「避難指示」はなかったが、健康被害から子どもたちを守りたい一心だった。

 仕事のある夫とは離ればなれの生活が続き、震災から約8カ月後に離婚することになった。避難先として落ち着いた埼玉で働きながら子どもを育てる生活が始まったが、子どもたちは体調を崩しがちに。河井さんも子どもたちを守り切れていないという罪悪感から精神的に不安定になった時期があったという。

 河井さんは「いわきでは、子どもを自然の中でのびのび育てたいと、休日には家族で海や山に出かけて四季の恵みを感じ、夜はベランダで夜空を眺めました」と振り返り、裁判官に「どうか想像力を働かせ、避難を余儀なくされた人の立場に立って公正な判断をしてほしい」と訴えた。

 河井さんは長女の作文も読み上げた。「私は最近、地震と聞くと体が震えて泣いてしまいます。こわくてたまりませんでした。(中略)私は悲しくなりました。だって、家族がおかしくなってしまったからです」

 閉廷後、仲むつまじく夜空を見上げる親子の姿を思い浮かべた。「ささやかな幸せ」を突然奪われた福島の人たちのことを忘れてはいけない。「想像」することを怠らず、私も報道という形で、避難者の現実を訴えていきたいと思う。

【山寺香】



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Author:BQN
東日本大震災の時に首都圏在住在勤。キヨシローの反原発ソングしか知らなかった自分を反省し、当時小3になったばかりの子供を放射能からどう守ったらよいか真剣に学ぶ。1年後、沖縄に移住。2012年12月、沖縄にいる原発避難者のための東電による説明会が行われたが、その開催に尽力したのが避難者支援の市民団体『つなごう命〜沖縄と被災地をむすぶ会〜』だった。共同代表の沖本八重美さん(2013.1.26永眠)は広島原爆の胎内被爆者ゆえ、新たな被ばくの犠牲者に対し深い共感をもって支援した。深刻かつ長期にわたる被害に対し “法廷で東電と国の責任を問う” ことが八重美さんの悲願だった。私も同じ気持ちでこの訴訟の支援を続けて行きたいと思っている。

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