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おしどりマコさんが弁護団だよりに寄稿

2015.04.24 09:52|なりわい訴訟について
東電事故のあとずっと東電会見に通い続けて情報発信してくださっている
「おしどり」のマコさんケンさんが生業訴訟を応援してくださっています。
心強いです!!

弁護団だよりに寄稿してくださっていたので、転載します。

なりわい訴訟に寄せて  おしどりマコ

 私たちは、よしもと所属の芸人ですが、原発事故や様々な社会問題を取材しています。2011年から東京電力の記者会見に通い詰めている私たちは、いつの間にか、最多出席者になっており超ベテラン。しかし、原発事故の取材をしてから、漫才の仕事はどんどん無くなりました。TVの有名園芸番組の作家をしている先生から「原発に触れるかぎり、絶対にTVには出さん!」とすれ違いざまに言われたり。私たちが出演する番組のロケ直前に「広告会社からクレームがついて『おしどりを出すな』となって、ごめんね」と言われたことも。富山県に漫才の営業に行って、北陸電力から身分照会がきたこともあります。原発反対、とか言っているわけではなく、単に原発事故の取材をしているだけで、どうしてこんなことになっちゃうの?私たちも「なりわいを返せ!」と言わねば!

 なぜ、取材をしているか、といえば、漫才をしたいからです。私たちの師匠は、第二次世界大戦を経験していました。当時は「国策漫才」という戦争バンザイの漫才で。ネタは面白いんですけど、伝えるメッセージは、戦争推進でいいの?と質問しました。「当時の師匠がたは、この漫才をムリヤリやらされてたんですか?それとも戦争に心から賛同してたんですか?」。すると答えは「芸人は、国のために喋ったらあかん、目の前のお客さまの幸せのために喋らなあかん、そこを間違えるな」。

 原発事故のあとの劇場で「原発、爆発という言葉を使うな」という指示が出たとき、あ、これは国策漫才になるな、と師匠の言葉を思い出したのです。国のためじゃなく目の前のお客さまのことを考えなくちゃ、でも実情はどうなってんの?と取材を始めました。

 取材を始めてから、どんどん恥ずかしくなりました。原発事故が起こってから、酷い世の中になったんじゃない。事故前から同じで、私が知らなかっただけ。原告団長の中島孝さんの「私たちの求める原状回復、それは単に事故前の2011年3月10日に戻せということではありません。その日に戻っても今のままではまた事故は繰り返される」という言葉には超同意です!「私、今取材してますけど、本当は芸人なんですよー」と言うと、中島さんは「俺も!今裁判してるけど、本当は魚屋!」と返されました。中島さん好き!

 いわき市のママの言葉で、私のテーマになっていることがあります。「無関心層っていうけれど、それは原発事故前の我が姿よ。急に被害者になって、みんなが分かってくれないって言っても、自業自得よ」。今、私は原発事故の取材はしているけれど、他の様々な問題については大部分の無関心層です。そして、原発事故前に気づけるきっかけはたくさんあったのにやりすごしてきてたのです。DVD収録されるはずの君が代のネタが全カットになったとき、自衛隊派遣の批判ネタをNHKでして注意されたとき、「そんなもんか」と流していた自分が悪かった。

 怒る、ということは面倒ですけど重要なことです。自分と同じ目に他の人が遭わないよう怒る。社会のために未来のために怒る。様々な原発事故の裁判を取材して思いますけど、原告になったって、得なことはちっともありません。時間もパワーもお金も使うし。でも「なりわいを返せ!」と立ち上がってくださった方々、本当にありがとう存じます。裁判を起こしたくても起こせない沢山の方々の代わりに怒ってくださっています。私は不勉強の贖罪と、事故前の自分を動き出させるための記事を書き続けようと思います。よろしくお願いいたします!


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BQN

Author:BQN
東日本大震災の時に首都圏在住在勤。キヨシローの反原発ソングしか知らなかった自分を反省し、当時小3になったばかりの子供を放射能からどう守ったらよいか真剣に学ぶ。1年後、沖縄に移住。2012年12月、沖縄にいる原発避難者のための東電による説明会が行われたが、その開催に尽力したのが避難者支援の市民団体『つなごう命〜沖縄と被災地をむすぶ会〜』だった。共同代表の沖本八重美さん(2013.1.26永眠)は広島原爆の胎内被爆者ゆえ、新たな被ばくの犠牲者に対し深い共感をもって支援した。深刻かつ長期にわたる被害に対し “法廷で東電と国の責任を問う” ことが八重美さんの悲願だった。私も同じ気持ちでこの訴訟の支援を続けて行きたいと思っている。

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