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弁護団と沖縄の避難者の方々と出会いについて

2015.08.01 10:45|なりわい弁護団より
なりわい弁護団のfacebookページの投稿記事より転載します。
https://www.facebook.com/nariwaikaese

『プロメテウスの罠』連動企画(5)

今回は、弁護団と沖縄の避難者の方々と出会いについてご紹介します。

2011年12月24日、「つなごう命~沖縄と被災地を結ぶ会」からの要請を受けて、弁護団共同代表の安田弁護士と弁護団事務局長は、初めて沖縄に避難した方々とお会いします。

当時、沖縄には1000名を超える方々が避難しており、会場には100名を超える方が参加。座る場所がなくなり立見の方が出るほどの状況でした。

「つなごう」は、事故後まもなくして、沖縄現地の支援の方々と避難した方々とが協力して立ち上げた会で、避難者と地元の方々との交流を図り、避難者の方々の要求をとりまとめ、改善を求めていくことなどを目的としています。バザーを定期的に開催するほか、医療機関と協力して健康診断を行ったり、沖縄県などに対して改善を求める取り組みなどを行っています。弁護団も、バザーに参加し、会場の一角で法律相談を行うところから沖縄での活動を始めました。
こうしたつながりを経て、原告団沖縄支部を立ち上げるまでになりました。

新聞に映っている那覇市民会館の和室は、弁護団にとっても大変思い出深い場所です。

紙面は、2011年12月25日付の沖縄タイムスと琉球新報です。


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※以上 転載おわり
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BQN

Author:BQN
東日本大震災の時に首都圏在住在勤。キヨシローの反原発ソングしか知らなかった自分を反省し、当時小3になったばかりの子供を放射能からどう守ったらよいか真剣に学ぶ。1年後、沖縄に移住。2012年12月、沖縄にいる原発避難者のための東電による説明会が行われたが、その開催に尽力したのが避難者支援の市民団体『つなごう命〜沖縄と被災地をむすぶ会〜』だった。共同代表の沖本八重美さん(2013.1.26永眠)は広島原爆の胎内被爆者ゆえ、新たな被ばくの犠牲者に対し深い共感をもって支援した。深刻かつ長期にわたる被害に対し “法廷で東電と国の責任を問う” ことが八重美さんの悲願だった。私も同じ気持ちでこの訴訟の支援を続けて行きたいと思っている。

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